ある日、地区のソフトボール大会に投手として出てほしいと、近所の人から突然頼み込まれた。高校以来のブランクを心配して断ったものの、相手の情熱に押され、最後は新品のスパイクまで用意されて渋々グラウンドへ。いざ始まると調子に乗って好投しチームを優勝へ導くが、翌日待っていたのは激しい全身の筋肉痛。「懲りずにまたやってしまいそう」な自分を描く、30代目前の奮闘記。

逃げ場ゼロ! 玄関に届いた「ぴったりサイズ」の新品スパイク

私は中学から高校までの6年間、ソフトボール部のピッチャーを務めていた。

ソフトボール特有の「ウィンドミル投法」は、腕をくるりと一回転させて下から放つ独特な投げ方だ。一見簡単そうに思えるが、実はかなりの技術が必要で、ブランクがあればそう簡単に投げられるものではない。

だからこそ、ある日突然、近所の人が「大会のピッチャーになってほしい」と自宅に押し寄せてきたときは、開口一番「無理です!」とお断りした。かつてエースを張っていた高齢の女性が限界を迎え、後任を探しているという。だが、最後にボールを握ってから何年も経っている。ここ最近の運動といえば、子どもとの散歩程度。突然マウンドに立てば怪我をするのが目に見えていた。

しかし、周囲の熱意はとどまることを知らない。「投げてくれる人が他にいない」と顔を合わせるたびに拝み倒され、しまいには私の夫まで味方に引き入れられていた。

窮地に追い込まれた私は「専用のスパイクがないので」と必死の言い訳を繰り出した。ところが翌朝、玄関を開けると小さな箱が置かれている。中には、私の足に誂えたかのような新品のスパイク。逃げ場は完全に塞がれた。

怪我だけは……のはずが、現役時代の「負けず嫌い」に火がついた

覚悟を決め、重い足取りで向かった大会当日。「とにかく怪我だけはしないように」と自分に言い聞かせながら準備運動を始め、恐る恐るキャッチボールに入った。

するとどうだろう。思った以上に肩が軽やかに回るのだ。現役時代の感覚が鮮やかによみがえり、気づけば一球ごとに球威が増していく。持ち前の負けず嫌いに火がつき、私はすっかり調子に乗ってマウンドで躍動してしまった。

結果は見事な好投でチームを優勝へ導き、周囲からは大絶賛。鼻高々で帰宅したものの、本当の勝負はアドレナリンが切れた翌朝に待っていた。

歓喜の優勝から一転。翌朝、ベッドで白目を剥くまでの1週間

ベッドから一歩も起き上がれないほどの激しい全身の痛みに、右肩へズシリとのしかかる重圧。身体の衰えという現実を痛烈に突きつけられ、それから丸一週間、激痛と格闘する羽目になった。

これほど痛い目を見たというのに、人間の記憶とは都合がいいものだ。あのミットにボールがズバッと収まる快感を一度味わってしまうと、身体の激痛すらどこか誇らしく思えてくるから恐ろしい。「次はもう少し練習してから挑もうかな」なんて、懲りずに来年の大会を楽しみにしている自分がいる。

【体験者:30代・女性、回答時期:2026年9月】

※本記事は、執筆ライターが体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

Qolyコラムニスト:kana
学生時代はソフトボールに打ち込み、現在も夫とスポーツ観戦を楽しむWebライター。周囲にはさまざまな競技に携わってきた友人や家族が多く、選手たちの努力や葛藤、チーム内で生まれる人間関係に強い関心を持っている。試合結果だけではなく、その裏側にあるエピソードや思わぬ出来事に目を向け、スポーツの現場で生まれる感動や驚きを、読者にわかりやすく届けるコラムを執筆している。

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