握力だけが足りないと思った学生
これは、私の大学時代の知人から聞いた話です。大学2年の知人はクライミング部で、指先だけが掛かる小さな突起を苦手としていました。
大会の課題で何度も落ち、「自分には握力がない」と思い込みます。先輩が使っていた指を鍛える器具を部室で見つけると、通常練習の後に毎日ぶら下がるようになりました。
腕が震えても回数を減らさず、休養日は遅れを取り戻すための自主練日に変えます。短期間で強くなり、大会メンバーへ入りたかったのです。
朝になっても開かなかった指
数週間後、知人は右手の指に張りを感じました。
それでもテーピングを巻き、痛みが出ない持ち方を探して続けます。ある朝、目覚まし時計を止めようとすると、指がこわばって思うように開きませんでした。
驚いて部長へ連絡すると、その日の練習を休み、医療機関を受診するよう勧められます。医師へ練習内容を伝えたところ、練習を中止して状態を確認し、再開は専門家の指示に従うよう説明されました。
壁の前で何もしない練習
知人は器具を使う練習を止め、しばらく壁にも登りませんでした。
焦って部室へ行くと、先輩は床へテープを貼り、「今日は足だけで登る順番を考えよう」と言います。登らないのに練習と呼ぶことが、最初は不思議でした。
二人は壁の前に座り、手を置く場所ではなく、どちらの足へ体重を移すかを書き込みました。鉛筆の線だけが壁を登っていきます。再開後、その順番で低い課題を登ると、指で強く握らなくても体が上へ進みます。
知人は初めて、落ちていた原因が握力だけではなかったと気づきました。
登らない日が増やした選択肢
知人は医療機関と部の指導者へ相談しながら、段階的に練習へ戻りました。
目標の大会には間に合いませんでしたが、翌年は足運びを武器にメンバー入りします。現在も週末にクライミングを楽しみ、連続して負荷をかけることはありません。
違和感があれば休み、壁の下から動きを考えます。強くなる時間は、器具にぶら下がっている時だけではありません。何もしないように見えた日が、体と技術の両方を守りました。
【体験者:30代・男性、回答時期:2026年9月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
Qolyコラムニスト:タニグチ
小学1年から水泳、4年から野球に打ち込み、大学卒業まで十数年をグラウンドで過ごしてきた30代。高校では主将を務め、大学では神宮の舞台にも立った。引退後は中学硬式(シニア)の指導者も経験し、「する」「観る」「教える」すべての視点でスポーツと向き合ってきた。
その中で、勝敗の記録には残らない人間関係や、試合の裏側で起こる思わぬドラマに強く惹かれるように。チームメイトや教え子、友人・知人から聞いたリアルなエピソードを中心に取材し、執筆している。

