大学時代の後輩が、高校時代県大会決勝で自分の勝利よりけがの回避を選んだ対戦相手に救われた話です。

因縁の相手との決勝

これは、私の大学時代の後輩から聞いた話です。女子レスリング部に所属していた後輩は、2年生の春、県大会の決勝へ進みました。相手は中学時代から何度も対戦し、一度も勝てていない選手です。

後輩はこの日のために、相手の片脚を取って倒す動きを繰り返してきました。試合は互いに点を取り合い、残り時間が少なくなります。

後輩は最後の攻撃を仕掛けましたが、体勢を崩し、肩をついたまま相手に押さえ込まれました。

相手だけが聞いた小さな音

会場の歓声で審判の笛も聞こえにくい中、相手は突然力を抜き、後輩の腕を離しました。そして自分から審判へ「続けたら危ない。肩から音がした」と訴えます。

試合は止まり、後輩は医療スタッフの確認を受けました。動かそうとすると痛みがあり、そのまま棄権となります。

相手が押さえ込みを続けていれば勝利は確実でした。それでも相手は表彰台へ向かわず、控室の前で後輩の状態を待っていました。

金メダルより先に渡された言葉

後輩は悔しさで相手の顔を見られませんでした。すると相手は「勝つために戦ったけれど、壊すためではない」と言い、後輩のジャージを静かにたたみました。

金メダルを受け取る時間が迫っても、相手は控室を離れません。後輩の返事を待っていました。検査の結果、大きなけがには至らず、医師の指示に沿って休養することになります。

後日、試合映像を見ると、相手は審判より先に異変へ気づき、両手を離していました。後輩は負けた場面を何度も見返しながら、あの判断の速さだけは忘れまいと思ったそうです。

次の試合で返した恩

復帰した後輩は翌年、同じ相手と再戦しました。今度は最後まで戦い、初めて勝利します。試合後、二人は握手し、相手は「今日は止める音がしなかった」と笑いました。

現在、後輩は地域の子どもたちへ競技を教えています。技を決めることより先に、相手の体勢がおかしい時は止まるよう伝えるそうです。

県大会の銀メダルは箱にしまっていますが、守られた肩で続けられた時間は、その後のすべての勝利につながりました。

【体験者:30代・女性、回答時期:2026年9月】

※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

Qolyコラムニスト:タニグチ
小学1年から水泳、4年から野球に打ち込み、大学卒業まで十数年をグラウンドで過ごしてきた30代。高校では主将を務め、大学では神宮の舞台にも立った。引退後は中学硬式(シニア)の指導者も経験し、「する」「観る」「教える」すべての視点でスポーツと向き合ってきた。その中で、勝敗の記録には残らない人間関係や、試合の裏側で起こる思わぬドラマに強く惹かれるように。チームメイトや教え子、友人・知人から聞いたリアルなエピソードを中心に取材し、執筆している。

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