真冬の寒空の下、練習試合へ向かう部員たち
白い息が底冷えする体育館の中にくっきりと浮かんでいた、真冬の休日練習。今日も練習が始まった。その数時間後、誰も予想していなかった事件が起こることになる。
この日は、午前中に自校の体育館で練習してから電車に乗って他校に練習試合に行くという予定だった。部員たちは練習を終えて昼食をとり、練習着からユニフォームに着替えを済ませてから体育館の入口に集合していた。
主顧問のB先生は道具を車に積んで一足先に相手校に向かい、副顧問である私と、保護者Dさんが部員を引率して電車に乗り込んだ。ここまでは予定通りである。
ユニフォームを着ていない……そして、持っていない!?
外の景色を眺めながら、午後の練習試合の構想を練っていると、「えっ!?」という誰かの声を皮切りに、ヒソヒソと話し声が聞こえてきた。なにやら不穏な空気が漂っている。すると、青ざめながら部員のCさんが私のもとに来て、衝撃の一言を放ったのである。
「A先生……ユニフォームがないです」
どうやら出発間近まで体育館の片付けをしていて着替えることをすっかり忘れており、今カバンの中を見ても入っていたはずのユニフォームがない、という状況だったそうだ。真冬だったためウィンドブレーカーを着用しており、ユニフォームを着ていない失態に誰からも気付かれなかったことも不運だった。これがどれほどの失態か、本人が一番よく分かっているはずだ。
副顧問としての立場もある。しかし悩んだ末、私はB先生にバレないようにユニフォームを回収する策を決行することに。
大人たちの見事な連携プレー
ユニフォームはカバンが置いてあった体育館ステージに残されていると予想した。まず引率保護者のDさんから保護者LINEに連絡。午後の練習試合を見に来る予定の保護者に学校の体育館に向かうようにお願いをし、保護者Eさんがその役を引き受けてくれることに。
私は学校にいた同僚に連絡し、事情を説明。体育館のステージにユニフォームがあるか確認してもらい、Eさんさんが来たらすぐに手渡すようにお願いした。
しかし、もうすぐ会場に到着してしまう。ユニフォームが到着する前にB監督の目に入ってしまったら元も子もない。Dさんと再度作戦を練り直し、改札を出た。
会場に到着してから、私と部員たちは「Cさんはお腹が痛いのでトイレにいます」とB先生に嘘をついて時間稼ぎ。その間Dさんは校門でEさんが到着するのを今か今かと待機していた。そして到着するとすぐさまCさんが待つトイレへと走り、着替えさせることに成功したのだ。
助けてもらった経験は彼女の心に残り続ける
「ユニフォームがないことを正直に伝えてきなさい」と指導するほうが正しかったのかもしれないが、あの時はなるべく平和におさまる方法を考えてしまった。しかし責任感の強いCさんの性格上、自分だけ試合に出られないという罰をうけるよりも、あらゆる人に迷惑をかけてしまったという経験の方が効いたようで、結果的にCさんの成長に繋がった。
たった1枚のユニフォームをめぐり、大人たちが知恵を絞って、冷や汗をかきながらなんとか解決した一件だった。Cさんの人生経験として、“迷惑をかけてしまったが、皆に助けてもらった“という【人のあたたかさ】も強く心に刻まれた経験になったことだろう。
【体験者:40代・女性、回答時期:2026年9月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。


