九州を制してつかんだ国体の切符
これは、社会人になってもラグビーを続けていたAさんに聞いた話です。
中学生の頃からラグビーの面白さに魅了されて、高校、大学も熱中していました。大学を卒業して社会人クラブチームに入り、2年目を迎えていたAさんは、九州のある県の代表の一員として国体の九州ブロック大会に出場しました。
国体は、都道府県ごとに選ばれた代表が競技ごとに争う大会で、当時のラグビー成年男子は15人制で行われていました。本大会に進むには、まず地域ブロックの予選を勝ち抜かなければなりません。
この九州ブロックを制したAさんの県の代表は、本大会への出場権を獲得します。Aさんにとって、悲願だった国体の舞台でした。
本番1ヶ月前の休日
本大会まで残り1ヶ月となった頃、Aさんは仲間とバイクでツーリングに出かけました。ラグビーの練習や試合とは関係のない、休日の出来事です。
その道中で、Aさんは事故を起こしました。原因は、Aさん自身の不注意でした。
1ヶ月の入院と、ドクターの判断
事故で、Aさんは足の爪が剥がれる怪我を負いました。治療には手術が必要となり、入院は1ヶ月ほどに及びます。
本大会までの残り期間が、そのまま病院のベッドの上で過ぎていく計算です。
国体への出場は、ドクターの判断で辞退することになりました。
九州ブロックを勝ち抜いてつかんだ出場権を、Aさんは本番のピッチに一度も立つことなく手放しました。
病室に届いた「早くまた一緒に」
入院中、同じ国体の代表チームで戦う選手が見舞いに来ることはありませんでした。本大会を目前に控え、練習が続いていた時期です。
一方で、普段所属している社会人クラブのチームメイトは、何人か病室を訪ねてきました。「早くまた一緒にラグビーをしような」そう声をかけて帰っていったといいます。
現在、Aさんは高校ラグビー部の外部コーチとして現役の選手に関わっています。
練習や試合の外での行動ひとつで、積み上げてきた舞台を失うことがある。自分の不注意で国体を逃した経験は、選手に向き合うときの土台になりました。
「与えられた場所で全力を尽くす」
指導者としてのAさんの原点は、立つことのできなかった国体への悔しさにあると語りました。
【体験者:30代・男性、回答時期:2026年9月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。


