陸上一家に生まれ育ったRさんが小学校2年生のときの話。大晦日を家族で過ごし、迎えた元旦。目を覚ますとRさんは家におらず、見知らぬどこかの駐車場にいた。見たこともない場所に連れられてきたRさんはなぜかゼッケンをつけられており、理由もわからず寒空の下へ──!?

陸上一家で生まれ育った小学校2年生の僕と大晦日

祖父母、そして父母が元国体選手という陸上一家で生まれ育った僕。そのため、もちろん普段からスポーツへの関心は高く、様々なことを教えてもらいながらスポーツに親しんできた。そんな僕でも、今思うとなかなかすごいことをしていたなと感じることがある。

遡ること今から約20年、小学校2年生の大晦日である。年越しそばを食べ、テレビを見て、家族団欒の時間を楽しんだ。子どもでもいつもより少しだけ遅くまで起きていても許される、大晦日特有の空気を堪能していたが、当時まだ2年生。そろそろ寝なさいと言われ、寝室へ入った。あと数時間で新年を迎える実感があまりないまま床に就き、いつの間にか眠りについていた。

胸につけられたゼッケンをみて、察した僕

そして迎えた1月1日の朝、僕は目を覚ますと寝ていたはずの布団におらず、車に乗っていた。そして見知らぬ駐車場に停まっていた。たしかに昨晩布団に入ったはず……それなのになぜこんなところに?

これは夢か現実か、何がなんだかさっぱり分からないまま動揺していると、運転席から父が言った。「このあと走るぞ」──そしてふと胸のあたりに目をやると、見覚えのないゼッケンがしっかりとつけられていた。

陸上一家で生まれ育った僕である、ゼッケンが意味することが何なのかくらいは分かった。“なにかしらのレースに出る”ということだ。

出走! 元旦マラソン

僕は父に尋ねた。「僕は今から何をするの?」──そして父は答える。「マラソンだよ、元旦マラソン」

なんと僕は【元旦マラソン】というものに今から参加するのだということをそこで初めて聞かされた。そう言われてもまだ理解が曖昧なまま、いつの間にかスタート地点へ。これはもしかしてまだ夢の中なのではないかと思いながらもゴール目指して走ったのである。

朝起きていきなりゼッケンがつけられていたときの衝撃は今でも鮮明に思い出せるが、正直走り終わったときのことやその後のことはあまり覚えていない。

元旦マラソンの存在意義とは

それから1年──その年の元旦もまた同じように元旦マラソンに参加していた。そして驚くことに中学1年生まで6年間、両親が当たり前のように応募し、僕は強制出場させられていた。ちなみに僕の意向を聞かれたことは一度もない。

しかし、嫌だと思ったことはなかった。最初は驚いたものの、新たな年の始めに汗を流して走り切ることは、なんだか縁起の良いもののように思えてきたのだ。そしていつの年からか、父母や兄も一緒にエントリーして走るようになり、すっかり元旦の恒例行事になったのである。

そしてついに中学2年生のときに「そろそろ元旦マラソンを卒業してもいいかな?」と両親に伝えた。部活動や勉強も忙しくなり、友達との交流も盛んになってきた時期だった。両親は「うん、分かった」と軽い返事だったので拍子抜けしたが、いざ走らなくなった年はなんだかもの寂しさを感じた。僕にとって元旦マラソンは家族をつなぐイベントのひとつだったのだと実感したのである。

【体験者:20代・男性、回答時期:2026年10月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

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