ジェフは自分を作ってくれたクラブ
ジェフは愛すべきクラブですし、プロという洗礼も受けた中で、クラブとしての初タイトルであるナビスコカップを連覇できました。自分を作ってくれたクラブでもありますし、自分がいたときはJ1だったので、J1にいるべきクラブだと思っています。
2015年のときはジェフより年俸が高いチームからオファーもありましたけど、やはりジェフでJ1に昇格したいという気持ちが強かったので戻りました。その年で上がれなかったので、悔しい年にはなりましたね。今年だけじゃなくて、毎年ジェフには頑張って上がってほしいという気持ちが強かったので、常に応援しています。
米(倉)は1年だけ一緒にプレーしていましたね。米もそのときはJ1でプレーしていたので、やっと上がれたことで、多分本人だけではなく、ファン、サポーターの皆さんも、米に対する思いはとても大きいものがあると思う。まずはおめでとうというところで、 J1という舞台でもう一度輝かしいプレーを存分に見せてほしいと思っています。
坂本(將貴、現トップチームヘッドコーチ)さん、いつも坂ちゃんと呼んでいるので、坂ちゃんと呼ばせてもらいます。普段から坂ちゃんとは連絡を取っています。今年のはじめも「調子がいいね」という話をしましたし、 「ただ継続できるかどうかが問題」という話もよくしていました。
本人もコーチとして、指導者としてジェフでやっていく中で、なかなか昇格まで届かなかった時期が長かった。本当に苦労したうちの一人だと思うので、お疲れ様というところ。 坂ちゃん自身の野心、野望だとか、今後の展望というものもあると思います。それをジェフでしっかりと表現してほしいと思います。彼もオシムチルドレンの一人であるので、オシムさんに影響を受けた部分というものも大きいと思う。そういうものも自分の財産になっていると思う。その財産を生かしながら、ジェフをステップアップさせていってほしいと思っています。

イビチャ・オシム前監督(C)Getty Images
オシムさんもジェフのことは、オーストリアに戻ってからもずっと気にされていたので、(天国にいるオシムさんも)率直にうれしいと思いますよ。ただオシムさん的に言うと、J1に上がって終わりじゃないと。上がって次の目標をしっかりと見据えて戦っていく。 そのためのビジョン、クラブとしての新たな目標をしっかりと確立していかないといけないと思うので、それに向かって選手たちもそうだけど、クラブ運営の方もそこに相応しい成長を望んでいるんじゃないかなと思います。
そしてJ2が長かったことで、カテゴリーの差ではないですけど、サッカーの質の違いは必ずあると思います。ただ一番大事になってくることは、自分たちのサッカーのスタイルを貫く部分。相手に合わせてやるというより、自分たちのスタイルをより極めていくということがより重要になってくると思う。そのために一人、一人が個人の能力のところをもっと成長させていかなければいけないと思います。
そして(選手たちが)個々として、クラブ、チーム運営として、より大きく成長していくことを願っています。
(水野晃樹 いわてグルージャ盛岡GM兼強化部長)
水野晃樹(みずの・こうき)1985年9月6日生まれ、静岡県清水市(現静岡市清水区)出身。40歳。2004年に清水商高から当時J1ジェフユナイテッド千葉へ入団し、同年にプロデビューを飾った。2007年には日本代表に選出され、翌年はスコットランドの強豪セルティックへ加入した。その後は柏レイソルなどでプレーし、2015年に千葉へ復帰。2024年に当時J3いわてグルージャ盛岡で現役を引退した。日本代表通算4試合、J1通算157試合16得点、J2通算32試合1得点、J3 通算31試合。現在は盛岡でGM兼強化部長としてチームの運営に尽力している。
