PSGでキャリアを終えたことに大きな意味がある

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――マケレレさんにとって、パリ・サンジェルマン(PSG)はどのようなクラブですか?
人生を共に歩んできた存在かな。僕が8-9歳の頃、父が私を今後からフランスに連れてきてくれて、その後はパリ近郊で育ちました。
サッカー選手としては、ナントでキャリアをスタートさせ、さまざまなクラブを渡り歩いたけれど、現役をPSGで終えられたことは大きな意味があると思うんだ。なんせ私はフランス人であり、パリジャンだからね。
**――マケレレさんは2008年から3シーズンに渡ってPSGプレーし、その後に引退されました。当時
のチームで一番の親友は誰でしたか?**
ルドヴィク・ジュリ(FW/2008-11年までPSGでプレーし、2016年引退)だ。彼とは一緒にプレーし、彼がバルセロナやモナコにいた頃には対戦したこともある。私がPSGに加わった時、僕が最年長だったから、同世代は彼くらいしかいなかったんだ。
――マケレレさんは当時のチームでは、「父親」のような存在だったのですね。
その通りだ。私は最年長として、若手に経験を伝え、どうやってすべてに勝つかを理解させるために、チェルシーを離れて(PSGを)助けに来たんだ。だから引退する前は、もう疲れ果てていたよ(笑)。
――マケレレさんがPSGでプレーしていた頃、才能を感じた若手選手は?
印象に残っているのは、ギョーム・オアロ(FW/2008-12年在籍)やママドゥ・サコー(DF/2008-2013年在籍)、後はアドリアン・ラビオ(MF/2012-19年在籍)とかかな。
私の引退直前に、チームは若手選手の育成に力を入れ始めて。ラビオをはじめとする多くの若手が、トップチーム昇格を果たした。その後にカタール資本が入り、私が現役を退いた2011年にはカルロ・アンチェロッティ監督がチームを率いるように。現在の若手中心のチームづくりは、その辺りから始まったんじゃないかな。

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――マケレレさんが若手たちを教育したのですね?
その通り。私はアンチェロッティの次の役割として、彼らを厳しく教育し、毎日トレーニングさせた。彼らにトップチームでプレーするチャンスがあることを理解させるためにね。
――PSGのアカデミーには、プレスネル・キンペンベ選手(DF/現カタールSC、2014-2025年在籍)、キングスレイ・コマン選手(FW/現アル・ナスルFC、2013-2014年在籍)なども在籍されていました。
コマンが在籍していた頃は、同じポジションにズラタン・イブラヒモビッチ(FW/2012-16年在籍)、ハビエル・パストーレ(MF/2011-18年在籍)らのビッグプレーヤーがレギュラーで、コマンはその控えだった。コマン選手はトップに昇格してすぐに移籍してしまったけれど、ナセル・アル・ケライフィ会長がチームコンセプトを大きく変えたことで、「若き才能がPSGを離れたくない」と思うようになった。
2023年にはスペイン人指揮官のルイス・エンリケ氏を迎え入れ、ベテランだけではなく、若手の選手も積極的に起用するようになった。多くの若手選手にチャンスのある今は、もう『チームを去りたい』と思うような選手はほとんどいないんじゃないかな。
――2025-26年シーズンも佳境に差し掛かっていますが、僅差の首位を走るリーグアンや、リヴァプールFCとの準々決勝を控えるチャンピオンズリーグの戦いぶりを、どのようにご覧になられていますか?
選手たちは、リーグアンとチャンピオンズリーグという異なる大会の戦い方を理解し始めているように感じる。
以前の私たちは「物理的にも技術的にも似たようなものだ」と捉えていたけれど、それは間違いで、実際は全く違うものだったんです。
ルイス・エンリケ監督は、本当に素晴らしい指揮官で、PSGがまだチャンピオンズリーグで勝つ準備ができていないことを十分に理解していて、チームに変革をもたらしました。
リーグアンでも、チャンピオンズリーグで戦う時と同じように、ハードなトレーニングをこなし、プレーする必要がありますし、チャンピオンズリーグの優勝を掴むには、リズムを失わないことが大切です。しかし、今の若い選手たちは、戦い方の違いや、目指すレベルがいかに高いかを理解しながら、練習に励んでいるように感じています。
