2025年もあと半月を残すのみとなった。サッカー会では今年も数々の歴史を残した偉大なレジェンドが残念ながらこの世を去り、様々なファンが悲しみに暮れた。
今回は2025年に惜しまれながら逝去したサッカーのレジェンドをご紹介する。
釜本邦茂

逝去した日:2025年8月10日
日本サッカーの歴史上、今なお最高のストライカーだったと評価されている釜本邦茂氏。日本代表での最多得点記録を49年もの間保持し続けているほか、1968年メキシコオリンピックでは7ゴールを決め、チームを銅メダルに導き、自身も得点王を獲得した。
引退後はメディアでのキャスターや解説者の他、ガンバ大阪の監督を務めたり、日本サッカー協会の副会長に就任したり、参議院議員として政治活動を行うなど、多彩な形でサッカー界に貢献。各地域でのサッカー教室にも精力的に参加し、全国に競技の普及を進めた。
この数年間は闘病生活を送っていたと伝えられており、2025年8月10日には肺炎を悪化させたことで大阪府内の病院で死去。享年81歳であった。
ディオゴ・ジョタ

逝去した日:2025年7月3日
リヴァプールでプレーしていたポルトガル代表選手。2024-25シーズンはプレミアリーグ優勝に大きく貢献し、さらに6月のUEFAネーションズリーグでもトロフィーを獲得。6月22日には3人の子供を授かったパートナーと結婚式を開いていた。
しかし7月3日、チームのトレーニングに戻るためにスペインの高速道路を車で走っていたところで単独交通事故を起こし、車両が激しく炎上。同乗していた弟のアンドレ・シウヴァとともに死去した。享年28歳だった。
なおリヴァプールは彼の着用していた20番を永久欠番とし、天に召されたディオゴ・ジョタに捧げている。
デニス・ロー

逝去した日:2025年1月17日
マンチェスター・ユナイテッドで栄光の時代を作り上げたレジェンド。1962年にトリノから加入し、エースストライカーとして長年チームの中心に。名将マット・バズビー監督に率いられた伝説の「バズビー・ベイヴズ」の一員として活躍し、数多くのタイトルに貢献した。
2002年にはイングランドサッカー界への貢献が認められて殿堂入り。マンチェスター・ユナイテッドの本拠地オールド・トラッフォードにもジョージ・ベスト、ボビー・チャールトンとともに銅像が建てられた。
ただ2021年にアルツハイマー病と血管性認知症と診断されたことが発表され、闘病ののちに今年1月17日に死去。享年84歳だった。
