アシュリー・コール と ウィリアム・ギャラス
取引したクラブ:アーセナルとチェルシー
2006年にロンドンを二分する因縁のクラブ間で成立した大型トレード。当時アーセナルで「世界最高の左サイドバック」として名を馳せていたアシュリー・コールは、500万ポンド(およそ10.6億円)+ウィリアム・ギャラスという条件でチェルシーへ移籍した。
その裏では、正式交渉前の接触が問題視されてクラブと選手に罰金が科されるなど、波乱の取引だった。一方のギャラス側も退団を巡ってチェルシーと対立しており、移籍を求めて強硬な態度を崩さなかったという。
アーセナルのファンは生え抜きのコールを激しく非難し、お金を求めて退団したと「キャッシュリー・コール」という仇名まで付けたが、結果論で言えばチェルシーの大勝利だった。
コールは主要タイトルを総なめにし、プレミアリーグ史上最高のサイドバックという評価を確立。一方のギャラスは「10番を背負うDF」という異色の存在感を放ちながらも、クラブの強化にはそれほど繋がらなかった。
ズラタン・イブラヒモヴィッチ と サミュエル・エトー

(C)Getty Images
取引したクラブ:インテルとバルセロナ
インテルはなぜここまでトレード移籍の主役になるのだろうか…。2009年、ジョゼップ・グアルディオラが率いるバルセロナは、すでに3冠を達成しており、その中心にいたのがサミュエル・エトーだった。
ただ、それでもクラブは満足しなかった。新しいストライカーとして目を付けたのは、インテルでゴールを量産していた怪物ズラタン・イブラヒモヴィッチだった。
提示された条件はなんと3500万ポンド(およそ74億円)+エトー。現代の基準で考えても驚くほどのもので、これにインテルが飛びつかない理由はなかった。そして結果、この取引は完全にインテルの勝利となる。
エトーはジョゼ・モウリーニョのもとで献身的な役割を担い、翌シーズンのCL制覇に貢献。イタリア史上初の3冠を達成した。一方のイブラヒモヴィッチは、スペインのスタイルに適応できず、グアルディオラ監督との確執が表面化。21ゴールを挙げながらも、わずか1年でミランへ去っていった。

