サッカーの移籍市場では、お金を積んで選手を獲得することが多い。ただ、時には野球のようにビッグネーム同士を交換する「トレード移籍」も存在してきた。

両クラブが同時に「得をした」と胸を張れるケースはほとんどない。むしろ多くの場合、数年後には勝者と敗者がはっきりと分かれるものだが…。

今回は『The Football Faithful』から「サッカー界で起こった伝説的なトレード移籍」をご紹介する。

ロベルト・カルロス と イバン・サモラーノ

取引したクラブ:インテルとレアル・マドリー

1995年に起こったトレード移籍。セリエAで確固たる地位を築きたかったインテルは、レアル・マドリーのリーグ制覇に大きく貢献したチリ代表FWイバン・サモラーノの獲得に本気だった。

提示した条件は「移籍金100万ポンド(およそ2.1億円)+ブラジル人左SBロベルト・カルロスの譲渡」。パウメイラスから加入してまだ1シーズンしか経っていない段階で、有望若手を放出し、ピークにある選手を獲得するという決断だった。

結果は歴史が物語っている。勝者は疑いようもなくレアル・マドリーだろう。ベルナベウに渡ったロベルト・カルロスは、史上最高の左サイドバックの一人へと成長し、数え切れないほどのタイトルをクラブにもたらした。

一方のサモラーノは、インテルで5シーズンを過ごしつつも、一度もリーグ戦で2桁得点に届かなかった。ただ、怪物ロナウドに9番を譲った後、自身の背番号「18」の間に“+”を入れてプレーしたことが歴史に名を残している。

フランチェスコ・ココ と クラレンス・セードルフ

取引したクラブ:インテルとACミラン

またしてもインテル絡みのものだ。今度は宿敵であるACミランとの直接のトレードである。当時のフランチェスコ・ココはイタリア代表にも名を連ねる有望な左サイドバックだった。インテルは彼を迎えるために、オランダ代表MFのクラレンス・セードルフを放出する決断を下した。

だが、この判断は悪夢の始まりとなる。インテルへと移籍したココは度重なる負傷に苦しみ、5シーズンで公式戦出場はわずか26試合。不運にも、彼のイタリア代表でのキャリアも終焉を迎えてしまった。

対照的に、セードルフはミランで完全に才能を開花させた。400試合以上に出場し、カルロ・アンチェロッティ監督の下でチャンピオンズリーグを2度制覇するなど、クラブの黄金期を支えたレジェンドになった。

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