ルイス・フィーゴ

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バルセロナ→レアル・マドリー(2000年)

ポルトガルの伝説的な選手であり、サッカー史上有数のドリブラーであるフィーゴは、“禁断の移籍”の象徴的な存在であろう。

クリスティアーノ・ロナウドの前に、ポルトガル代表の「7番」を付けたこのスーパースターは、国内の名門スポルティングから1995年にバルセロナへ。

当時はヨハン・クライフ監督が去った直後であったが、彼はドリームチーム後の顔となり多くのタイトル獲得に貢献。ファンから大いに愛される存在となった。

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Happy birthday, Luís Figo! #UCL | @LuisFigo pic.twitter.com/I0kfQyDK38
— UEFA Champions League (@ChampionsLeague) November 4, 2019

(スピードに依存しない究極のドリブル技術。まさに“千変万化”だ)

しかし2000年、当時の世界最高額となる移籍金(およそ76億円)でレアル・マドリーへ移籍。憎き宿敵への移籍はカタルーニャ人を激怒させる。

当時彼が経営していた日本食レストランは破壊され、同年10月にカンプ・ノウで行なわれたクラシコでは「裏切り者」「ユダ」「クソ野郎」「傭兵」と数多くの罵声が飛ぶ。

さらにコーナーキックを蹴ろうとしたフィーゴに対し、スタンドからは瓶やペットボトル、そして豚の頭まで投げ入れられる大事件に発展。こうして愛された選手は一転して、誰より憎まれる選手となった。

しかしフィーゴは同年にバロンドールを獲得。翌2001年には、ラウール、ジダンらと銀河系軍団の中核をなし、歴史に残る選手としての地位を確立している。

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