「スポーツ指導者」と聞くと、多くの人はアスリートの「セカンドキャリア」として連想する方が多いのではないか。多くの場合はそうではあるが、“例外”も少なからず存在する。大阪大学サッカー部で監督をつとめる木室孝輔氏もまたそのひとり。それでいて特筆すべきは、“例外”が複数あるということだ。現在28歳の木室氏は、現役どころか実はサッカー経験自体ない。それでありながら、19歳からマネージメントの道に入り、10年近く経った現在は、関西2部に所属するチームを預かるまでにいたった。さらに不動産会社の営業マンという顔を持っている。これまでの彼の経歴はどのようなものだったのか、話を聞いた。

リファラルから積み上げた

寒空厳しい1月某日。
大阪府吹田市にある大阪大学本学キャンパスで実施したインタビュー。練習前に行ったが、既に何名かはウォームアップの最中だった。現在大阪大学サッカー部はAチームBチームがあり、総勢80名が所属。木室さんは2025年シーズンから監督に就任。

画像1: 筆者撮影

筆者撮影

サッカー指導者のキャリアをスタートしたのは自身がまだ19歳だった2016年。地元である大阪府の高校でのコーチからだ。その後、兵庫県にあるFC淡路島(現:FC.AWJ)でコーチをつとめたあと、舞台を「大学」に移し、東京外国語大学・一橋大学そして現在の大阪大学となる。

サッカー未経験者で考えると異色のキャリアだが、木室さんによると、皆無というわけではないそうだ。ただ、経験があったとしても、自身と同年代で指導者を志すなら、通常はJリーグ下部組織や街クラブからキャリアを積むことが多いという。
中学校の時に海外サッカーを見て、サッカー興味を抱いてたという木室さん。どこに魅力を感じたのだろう。

「マネジメントに興味を持ちました。戦略的な部分ですね」

高校世代から指導者キャリアを歩むようになった木室さんだが、FC淡路島に赴任した際には、後にも影響される出会いがあったという。

「選手の中には元プロや世代別代表もいたんです。自分が特別何かをしたというわけではないんですが、指導するにあたっての『基準』を示してくれましたね」

コーチを経て、監督として大学サッカー界に足を踏み入れるのだが、きっかけとなったのが当時猛威を振るっていたコロナ禍。

「ちょうど当時指導者間でオンラインで交流することがあったんですが、そこで知り合った人に『東京外国語大学が監督を探している』という話をいただきました」

足場を固めていく中で、次なるステップに選んだのが一橋大学。指導実績に加えて、FC淡路島時代に採用したフォーメーションが合致したのが採用の決め手になったという。ちなみに、木室さん以前に指導していたひとりが元日本代表の戸田和幸氏。

拠点を関東に移した中で、現職の大阪大学に就任したのも「大学」がきっかけだったという。

「僕は同志社大学出身なんですが、そこのサッカー部指導者をされていた方から、『阪大(大阪大学)が監督を探している』とお話をいただいたのがきっかけですね」

名だたる大学に身を置いてきた木室さんだが、ビジネス文脈でいえば、「リファラル採用」でキャリアを積み上げてきた。それでいて、東京都3~4部(東京外国語大学)、東京都2部(一橋大学)、関西2部(大阪大学)と着実にステップアップ。その前段にあたるのが高校世代だが、途中FC淡路島で邂逅した「基準(世代別代表)」も含めて、子供から大人へと指導対象を変えている。これは将来“トップ”を見据えた際、限りなく近い存在と関わるため、意図的にしているという。

画像: 20代ではあるがあくまで指導者として接する木室さん(左) 筆者撮影

20代ではあるがあくまで指導者として接する木室さん(左) 筆者撮影

ちなみに木室さんは現在28歳。学生たちとも年齢が近いが、そこの影響はあるのだろうか。

「ないですね。昔はありましたけど、今はもうなくなりました。組織としても大きいですし、スタッフ含めたら100名ほどいますしね」

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