2025-26シーズン、イングランド・プレミアリーグの首位を走りながらも「セットプレーに頼った地味な戦術」であるとして批判を浴びているミケル・アルテタ率いるアーセナル。しかし、歴史を振り返れば、彼らのように勝利と引き換えに「嫌われ者」となったチームは少なくないのだ。
指導者や選手にとって勝利こそがすべてであるとはいえ、その「プロセス」が美しくなければ王者であってもしばしば「退屈だったチャンピオン」として揶揄されてしまうものだ。
今回は『Planet Football』から、『タイトルを獲得しながらも批判を受けてしまった伝説的チーム」をご紹介する。
ギリシャ代表(EURO2004王者)
『Guardian』の記者であるバリー・グレンデニング氏は、当時のギリシャ代表のプレースタイルをこう評した。「誰もが負けることを願った唯一のアンダードッグ(大穴チーム)」だと。
判官贔屓という言葉があるとおり、中立のファンは格下のチームを応援するものだが、そうなってしまった理由は明白だった。EURO 2004の主役たちを次々と葬り去ったが、そのスタイルは執拗なマンマークとセットプレーに依存したものだったからだ。
名将オットー・レーハーゲル監督率いるギリシャは、グループステージでスペインを蹴落とすと、決勝トーナメントではフランス、チェコ、そして開催国ポルトガルをすべて1-0で撃破。エースのハイタワーFWハリステアスのヘッドと、GKニコポリディスの神がかったセーブで勝ち上がり、6試合でわずか7得点4失点という「ゲームを動かさない」ことでトロフィーを掲げた。
ジェラール・ウリエ政権のリヴァプール
2001年、リヴァプールはカップ・トレブル(カップ戦の3冠)という前例のない快挙を成し遂げた。しかし、その内容を覚えている者は少ない。基本的には自陣に引きこもり、前線のマイケル・オーウェンがワンチャンスを仕留めるのを待つ…というスタイルだったからだ。
UEFAカップ準決勝バルセロナ戦の第1戦などは、あまりに守備的な0-0の泥試合に終始した。さらにウリエ監督は、リヴァプールファンのアイドルだったロビー・ファウラーをベンチに追いやり、オーウェンを引き立てるポスト役としてエミール・ヘスキーを重用した。
当然ながら結果は出したが、その一本調子な戦術は限界を迎えていく。オーウェンの怪我、ファウラーの退団、さらに攻撃に彩りを加えようとしたエル・ハッジ・ディウフの獲得も大失敗に終わり、ジェイミー・キャラガーは自伝で「2002年のプレシーズン初日、チームの新戦力を見て絶望してしまった」とまで綴っている。
