左MF:ジョン・バーンズ

画像9: (C)Getty Image
(C)Getty Image

得票率:44.1%

ワトフォード、そしてリヴァプールで長く活躍した名アタッカー。トリニダード・トバゴ出身の軍将校兼サッカー代表選手だった父親とジャマイカ人の母親の間で生まれ、12歳でイギリスへと引っ越したというルーツを持っていた。

ジャマイカの代表を選ぶ気がなかった彼は、1983年にイングランド代表7人目の黒人選手としてデビュー。そのスピード豊かなプレーとカリブ出身らしいリズムで相手DFを翻弄し、多くのチャンスを作り上げた。

代表では79試合に出場して11ゴールをあげた。またそのリズム感を生かし、1990年のワールドカップ公式応援ソングとして作られたNew Orderの「ワールド・イン・モーション」のラップ部分を担当している。

FW:アラン・シアラー

画像10: (C)Getty Image
(C)Getty Image

得票率:52.9%

数々の名ストライカーを生んできたイングランドであるが、アラン・シアラーをその筆頭に上げないファンもいないだろう。まさに国を象徴するようなオールドスタイルの点取り屋であり、その力強いプレーは世界を魅了した。

サウサンプトンでデビューを果たし、そしてブラックバーン・ローヴァーズを驚きのプレミアリーグ制覇に導いた。さらに故郷の愛するクラブであるニューカッスル・ユナイテッドでキャリアを過ごし、そのまま引退した。数々のビッグクラブからの誘いを断り続けたというサッカー人生も非常に魅力的だった。

代表では意外にも63試合という出場数であるが、その中で30ゴールを決めている。タイトルの数以上に記憶に残る選手であった。

FW:ギャリー・リネカー

画像11: (C)Getty Image
(C)Getty Image

得票率:41.4%

Jリーグの名古屋グランパスでもプレーしたことで知られるリネカー氏。レスター・シティ、エヴァートン、バルセロナ、そしてトッテナムでプレーし、その後来日した。現役生活を通して一度もイエローカードをもらわなかった紳士として知られるが、現在はメディアで皮肉を言いまくるシニカルな司会者として活躍している。

代表では1984年に24歳で初選出され、それからワールドカップ2大会とEURO2大会に出場。80試合で48ゴールを決めるなど、その得点率は2試合に1.2点と非常に高かった。

なお、イングランドの歴史上で最もゴール数が多かった選手はボビー・チャールトンの49だった。それにわずか1及ばずに現役を引退している。

筆者:石井彰(編集部)

This article is a sponsored article by
''.