ライアン・ギグス

(C)Getty Images
ウェールズ代表→イングランド代表
ライアン・ギグスは、マンチェスター・ユナイテッドが築いた黄金期の紛れもなく中心メンバーだ。
引退まで一筋を貫いたユナイテッドでの13度のプレミアリーグ制覇、公式戦963試合(168ゴール)出場は、どちらもクラブ最多。左サイドをジャックナイフのような切れ味で制圧したサッカー史に残る名ドリブラーである。
そんな伝説的な彼は、こうしたテーマの際よく名前があがる選手でもある。
ギグスの同期には、デイヴィッド・ベッカム、ポール・スコールズ、ギャリーとフィルのネヴィル兄弟らがいる。そうそうたる面々と共にサー・アレックス・ファーガソン元監督を支えたのだが、彼らとは明確に違うものがあった。
それはギグスがイングランド人ではなく「ウェールズ人」であったということ。

ギグスが母国のために戦うことに誇りを持っていたことには疑いの余地はない。
しかし英国(グレートブリテン及び北アイルランド連合王国)を構成するウェールズはあまりにも小国であり、当時大きな大会に出場するのは難しい状況だった。
対照的にイングランド代表は上述のベッカム、スコールズ、さらに下の年代にはスティーヴン・ジェラード、フランク・ランパードら黄金世代と呼べるような選手たちが揃っていた。
ただ唯一、左サイドはなかなか定まらない状況にあったため、「そこにギグスがいれば完璧だったのではないか?」…そんな想像力をかきたてるのである。
ギグスは最晩年の2012年、ロンドン五輪で「チームGB」の主将を任されたが、ウェールズ代表の選手としてはついぞワールドカップにもEUROにも参加できないままキャリアを終えている。
ワールドカップに出場できないスター選手は決して珍しくないものの、ワールドカップと大陸別選手権の双方を経験していない超大物というのは、なかなかのレアケースであろう。
だが現在ウェールズ代表の指揮官を務めるギグスは、2019年に母国をEURO本大会(2021年に開催予定)の出場に導くことに成功した。選手としては叶わなかった夢がいま、形を変えて実現しようとしている。
執筆:佐伯洋(編集部)