明治安田J2・J3百年構想リーグも、最終順位を決めるプレーオフラウンド2試合を残すのみとなった。グループA7位でリーグを終えたJ2のモンテディオ山形は、5月31日(日)の松本山雅戦の試合前に、クラブ30周年を記念した、レジェンドマッチの開催を発表。

チームを支えた往年の40人以上の名選手が久々にスタジアムに姿を見せ、こちらも盛り上がりを見せることになりそうだ。今回はモンテディオ山形がJ1に初昇格した2008年に広報を務めた三上浩樹氏に、当時のエピソードを伺った。

昇格を決めた日は、飛行機に乗り遅れて……。

画像: 「昇格のキーになった」と振り返る湘南戦を告知する新聞 筆者撮影

「昇格のキーになった」と振り返る湘南戦を告知する新聞 筆者撮影

――先日はJ1に初昇格した2008年序盤の戦いについてお伺いしましたが、三上さんが昇格を意識するようになったのはいつ頃ですか?

チームの勢いを最も感じたのは、シーズンも終盤に差し掛かった湘南ベルマーレ戦(10月26日・NDソフトスタジアム山形)で、「昇格のキーポイントになったゲームだ」と個人的には思っています。

【J2第41節】(NDスタ) 山形1-0湘南
<得点> 山形:渡辺匠(89分)

チームのムードメーカーで、84分に出場した渡辺匠選手(現、いわきFCヘッドコーチ)が試合終了間際に得点を決めて、1対0で勝利したんです。

守備的MFの渡辺選手は、正直そこまでシュートを得意とする選手ではない印象でしたが、この試合ではこぼれ球に反応した渡辺選手がシュートを放つと、ボールが吸い込まれるようにしてゴールが決まって。1対0で勝利を手にしたチームの勢いを見て、「いよいよJ1昇格が見えてきたな」と感じさせられました。

【J2第41節】(NDスタ)山形1-0湘南
<得点>山形: 渡辺匠(89分)

――続く徳島戦も3対0で勝利し、勝てば昇格が決まる中で、ホーム熊本戦を迎えましたが、1対1の引き分けに終わり、昇格は持ち越しとなりました。

初昇格の取材に訪れるマスコミの皆さんが「少しでも仕事をしやすいように……」と、いろいろな準備を進めていましたが、昇格は決められなくて。次週以降に持ち越しとなりました。

【J2第42節】(NDスタ)山形3-0徳島

<得点者>
山形:長谷川悠(2分)、豊田陽平(33分)、園田拓也(53分)

【J2第43節】(NDスタ)山形1-1熊本
<得点者>
山形:豊田陽平(88分) 熊本:木島良輔(64分)

画像: 昇格を決めた日は、飛行機に乗り遅れて……。

――そして44節のアウェイ・愛媛戦に昇格の夢は委ねられることになりました。当日はどのように過ごされていましたか?

愛媛戦は、本当に良かった!昇格には愛媛戦の勝利が必須でしたが、「もし昇格できたら、人手が必要になるだろう」ということになり、当日はスタジアムで試合の行方を見守っていました。

――試合は終盤までリードを許す苦しい展開でした。

そうですね。本当にものすごいシーソーゲームで……。

石川竜也選手のロングレンジのFKが直接決まって同点に追いつくと、立て続けに豊田選手が決めて、見事に昇格を決めたんですけど、この日は本当に大変でした。予定が後ろ倒しになり、我々スタッフは結局予定していた飛行機に間に合わなくて。さまざまな方に取り計らってもらい、何とかその日のうちに羽田まで向かい、そこから新幹線で帰路に着くといった状況でした。

【J2第44節】(ニンスタ)山形3-2愛媛
<得点者>

愛媛:青野大介(10分)、青野大介(32分)
山形:長谷川悠(12分)、石川竜也(88分)、豊田陽平(89分)

翌日も、サポーターの皆さんに少しでも早く喜びの報告をお伝えしようと、市内のデパートの一角をお借りし、記者会見の準備をすることになりまして。嬉しさを味わいつつも、バタバタでした。またホームでシーズン最終節を迎えれられて、その試合も勝利で終えることができました。スタジアムで最高の報告が行えたと思います。

画像: 2008年にモンテディオ山形を指揮し、現在はAC長野パルセイロを率いる小林伸二監督 Getty Images

2008年にモンテディオ山形を指揮し、現在はAC長野パルセイロを率いる小林伸二監督 Getty Images

――昇格が決まり、何か変化はありましたか?

僕の生活がすぐに変わったわけではありませんでしたが、印象に残っているのが、小林伸二監督と一緒に年末の『Jリーグアウォーズ』に参加した時のことです。

会場に向かう新幹線の車内で、伸二さんは笑みを浮かべながらPCを開くと、「J1を戦う来シーズンは、この選手を獲るんや、エエやろ!」と嬉しそうに言って、僕にサッカーのプレー動画を見せてくれたんですよ。

その動画に写し出されていたのは、翌年チームに加入する古橋達弥選手(現、常葉大学サッカー部監督)の姿だったそう。同選手は3シーズンに渡り山形でプレー。チームのJ1残留に貢献した。

画像: Getty Image 小林監督が動画を見ていたC大阪時代の古橋選手。「加入初年度に『やべっちFC』のVTR出演を快く引き受け、歌を歌っていただけたことが印象に残っていて、色々な企画に取り組んでいただけたことを感謝しています」と三上さんは思い出を振り返った。

Getty Image 小林監督が動画を見ていたC大阪時代の古橋選手。「加入初年度に『やべっちFC』のVTR出演を快く引き受け、歌を歌っていただけたことが印象に残っていて、色々な企画に取り組んでいただけたことを感謝しています」と三上さんは思い出を振り返った。

財前選手と宮沢選手が若いチームをまとめてくれた

画像: 三上氏が制作し、好評だったアメコミ風の広告。当時はこうしたデザインもまだまだ珍しかった。

三上氏が制作し、好評だったアメコミ風の広告。当時はこうしたデザインもまだまだ珍しかった。

――2008年にJ1に初昇格できた理由はどこにあると思いますか?

キャプテンとしてチームを引き締める宮沢克行選手(現、浦和レッズユースU-18 Bコーチ)と、後輩の面倒見がよく、チームを盛り上げてくれるベテランの財前宣之選手(現、フォーリクラッセ東北代表兼コーチ)が、素晴らしい雰囲気を作ってくれて。それに勢いのある若手選手が融合し、チームがまとまっていたような印象を感じています。

――五輪代表に選ばれた豊田陽平選手をはじめ、当時の若手選手にも目を見張るものがありました。

そうですね。みんな仲が良かったですし、成長も素晴らしかったです。

僕と出会った頃のトヨ(豊田選手/現、サガン鳥栖 クラブコンダクター)は、それまでは長身を生かしたプレーは得意としつつも、それ以外のプレーにはまだまだ課題を抱えていて、怪我も多い選手でした。

『アジアの大砲』と呼ばれた高木琢也選手を始め、長身のFWを育てることに定評のある小林伸二監督は、豊田選手にボールの受け方や持ち方、さらには身体の使い方を、チーム練習を終えた後に連日マンツーマンで指導されていました。そのおかげでこの年に才能が開花し、代表に選ばれるほどの選手になれたんじゃないかと僕は思っています。

豊田陽平選手の北京五輪代表選出「とにかくバタバタだった」舞台裏

画像: Getty Images 日本代表でも活躍した豊田選手

Getty Images 日本代表でも活躍した豊田選手

ーー豊田選手は、昇格を決めた2008年に行われた北京五輪を戦うサッカー日本代表にも選出されました。

北京五輪代表に選ばれた豊田選手の会見は、クラブとしても初のことだったので、本当に大変でした。

日本代表メンバーの発表がある数日前に、「豊田選手五輪代表決定の場合について」というリリースをひとまず各所に送付し、正式決定の連絡を受けて、すぐの会見となりました。

その日はあいにく会見を開けるようなスペースが空いていなかったので、必死になって探し回り、スタジアムがある運動公園内の施設内の資料室のようなスペースで、会見を行うことになりました。今ではこのようなことは絶対にないと思いますが、当時はまだまだ知見が足りなかったこともあり、選手の皆さんには、きっとご迷惑をおかけしたんじゃないかな。

――当時関わりのあった方の中で、今もチームに残っている選手はいますか?

現役のプレーヤーは、18歳のルーキーだった山田拓巳選手だけになってしまいました。入団したての山田選手は、本当に生意気で……(苦笑)。

山田拓巳選手、石井秀典選手(現、徳島ヴォルティス フロントスタッフ)、太田徹郎選手の3選手が一緒にいる姿を良く覚えています。石井選手はもともとサイドバックで、プロではセンターバックにコンバートされ、16シーズンに渡り活躍しました。太田選手は、新加入時から身体ができていて、太々しい感じがありました。(苦笑)

画像: 2009年のキャンプ中に実施した、選手の私服を紹介する企画。だが、持参をし忘れた山田拓巳選手と廣瀬智靖選手は、三上さんの私服を着用し、この撮影に臨んだという。

2009年のキャンプ中に実施した、選手の私服を紹介する企画。だが、持参をし忘れた山田拓巳選手と廣瀬智靖選手は、三上さんの私服を着用し、この撮影に臨んだという。

――そんな太田選手にまつわる、懐かしのアイテムを本日お持ちいただいていますが、これはどのようなものでしょうか?

2008年シーズンのCS中継放送では、ハーフタイムにクラブの応援コーナーがあり、その時の企画で視聴者プレゼントしていた『アグレッシブ太田の突撃挑戦状Tシャツ』です。石井選手が太田選手に負けたせいで、何故かそのコーナーの中で、僕まで『罰ゲーム』に巻き込まれて、当時流行していた『羞恥心』を踊る羽目になりました。「何で俺が出るの?」と当時は思いましたけど。(苦笑)今では良い思い出です。

画像: 当時プレゼントされた太田選手がプリントされたシャツ。

当時プレゼントされた太田選手がプリントされたシャツ。

――5月31日には、クラブ創立30周年を記念したOB選手によるレジェンドマッチが開催されます。

クラブを離れてだいぶ時間が経ちましたが、かつて一緒にチームを支えた選手やスタッフの皆さんが揃っているので、“親戚の叔父さん”のような距離感で見守っていますし、皆さんの活躍を楽しみにしています。

――レジェンドマッチの見どころをお聞かせください。

僕が楽しみにしているのは、何と言っても『チーム最上川』の8番、仁木俊雄選手のプレーです。NEC山形でプレーした選手で、僕の在籍していた頃は運営を担当されていました。かつて「鬼の仁木」と呼ばれた彼が、2026年にどれだけやれるのか。怪我をせずにスタジアムを後にできるのか。ぜひ注目してほしいです。

あとは、何かやってくれそうなGK陣の皆さんや、2006年にあれだけ得点を取った(40試合23得点)
レアンドロ選手ですかね。当時は毎試合のようにゴールを奪ったレアンドロ選手の得点力は、今も健在なのか?

引退後に各チームで強化担当を任されている方が多いので、現在の経歴を知りつつ、プレーを見ていただけたら面白いのではないかと感じます。

取材:JUN.S

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