Qolyアンバサダーのコラムニスト、中坊コラムの中坊氏によるコラムをお届けします。
優勝を目標に掲げたことに対する批判
北中米W杯が終了し、日本代表はベスト32という成績で終わった。
この結果を踏まえて、日本代表が「W杯優勝」を目標に掲げていたことについて一部のサッカーファンから批判が挙がっている。
優勝を目標にしたのに達成できなかったこと、実力的に到底不可能で非現実的な目標を掲げたこと、目標未達成にも関わらず誰も責任をとっていないこと………批判する人達の理由は様々だ。
しかし、優勝を掲げたことは全く問題がないし、この批判自体はお門違いと自分は認識している。
優勝を目標に掲げたことで何故こんなに批判吹き荒れるのか、とむしろ困惑するほどだ。
目標はノルマではない
そもそも、目標とノルマを混同してないか?という疑問が生じる。
最低限クリアするノルマを設定して、それを達成できなかったのなら批判はわかるし、責任を問うのもわかる。
しかし今回の「W杯優勝」はノルマではなく目標である。ノルマ未達成ならわかるが、目標未達成はまた別だ。
今回、ノルマと勘違いする人が大量発生したと思われるが、もし反省を活かすならば次回以降は目標とノルマの両方を明言したらいいのではという案もある。
ただ、個人的にはW杯という運の要素も多い大会においてノルマ設定することには違和感があり、特段ノルマを掲げる必要性を感じず、これまで通り目標だけを掲げる形で問題ないと考える。
選手達からボトムアップで掲げられた「優勝目標」
次に、目標とはいえ「W杯優勝」という高すぎる結果を求めることに対する批判だが、この批判も理解しがたい。
日本代表の選手達が実力をつけ、本気でW杯に挑み、本気で優勝を目指した中、選手達からボトムアップで出てきたのが優勝という目標だ。森保一監督からのトップダウンで掲げられた目標ではない。
この経緯からすれば優勝が目標になるのはごく自然であり当たり前だ。
仮に、常に現実的な発想でリアリストの極みな指揮官が率いたならば、現実的な目標で「日本にとって決勝トーナメントで勝利という未知の世界、ベスト16が目標」と掲げるだろう。しかし、世界で闘い野心溢れる選手達がそんな現実的な目標で納得するはずがない。
チームの士気に鑑みて、ストレッチな高い目標を掲げていくのが妥当だ。
また、目標に関連して「選手の力からすればもっと上に行けた」「森保監督が力量不足だから早期敗退した」という論も自分は否定的だ。
W杯開幕前に自分が公開して予想した成績は「ベスト32」であり、まさにその通りの結果となった。
つまり、今回の結果は日本代表の戦力的に極めて妥当な結果と認識している。
中堅国らしい結果であり、そこまでネガティブに捉えてない。(と同時に、ポジティブにも捉えていない。妥当なラインで着地したなという認識)
仮にノルマを掲げるならば「グループステージ突破・ベスト32」
ちなみに、前述の通り現実的な目標は「ベスト16」、でも「優勝」を目標にすることは何も違和感ないと記載したが、ノルマについても記載したい。
今の日本の実力からすればノルマはグループステージ突破であり、ベスト32という認識だ。
ベスト16がノルマという人達も見かけたが、これは思い上がりも甚だしい。まるで日本が強豪国かのような錯覚をしているからこそ、この発想なのだろう。そうなると、現実との乖離の激しさに不満持つという怒りの理由も理解できる。
彼らは日本は何十年もかけて、ようやく弱小国から中堅国ステップアップしたばかりの歴史の浅い国ということを直視できてない。
地元開催の時しかベスト8にいけないメキシコや、ベスト8が72年ぶりのスイス等の同じ中堅国が苦しんできている姿を見てもわかる通り、簡単にジャンプアップできるわけがない。歴史や諸外国の奮闘・苦戦を知らずに述べているのはおこがましい。
最後に言わせてもらうと、文句つけたいだけの人は一定数いるわけで、どんな目標掲げてもケチつけること可能。
優勝→非現実的、思い上がり
ベスト8→この戦力で志が低い
ベスト16→過去のW杯と同じ結果を目標にするなんて論外
そのため、今後もW杯に挑むにあたって目標を掲げた際、今回のような優勝ではなくどんな目標だろうと文句を言う人は出てくるのは間違いないため、あまり気にしても仕方がないと整理している。
筆者:中坊(中坊コラム)
1993年からサッカーのスタジアム観戦を積み重ね、2025年終了時点で1,029試合現地観戦。特定のクラブのサポーターではなく、関東圏内中心でのべつまくなしに見たい試合へ足を運んで観戦するスタイル。日本国外の南米・ヨーロッパ・アジアへの現地観戦も行っている。
中坊コラム:https:note.com/tyuu_bou X:https:x.com/tyuu__bou
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