一家はワシントン号に乗船し、ブラジルへ出航。サンパウロ州移民博物館の歴史資料によると、1899年9月20日にサンパウロ州サントスに到着した。
しかし、港に到着すると、ラニエロ・コチェッティーニの名前は、ラミエロ・コンチェッティーニに変更。当時、移民の姓名の変更は、母国語の綴りや発音の難しさからよく行われていた。
ラニエロ(ラミエロ)は、博物館の歴史記録では農民として記載されている。
一家はサンパウロの内陸部に定住。その後、さらに2人の子供が生まれた。1900年1月1日生まれのエルミニア、1904年1月27日生まれのアルデリーゴ。
同氏によると、リオネル・メッシの姓の変更は、アルデリーゴを通じて起きたという。
『ブラジルでアルデリゴはフェデリコになり、コチェッティーニはクッチッティーニへ変わった。フェデリコはメッシの曾祖父のひとり』
後にフェデリコとなる人物が生まれてから1年後、一家はアルゼンチンへ移住した。
1905年9月27日に現地に到着すると、ロサリオ地域に定住。この地は、メッシの祖父や母が生まれた場所であり、1987年6月24日にメッシ(Lionel Andres Messi Cuccittini)も生まれた。
イタリアには『クッチッティーニ』という姓の記録がなかったため、この姓こそが、ブラジルとのつながりを発見する手がかりとなった。
『調査中、この姓がイタリアに存在しないことに気づいた。メッシの母親のいとこから書類を受け取り、ブラジル到着時に名と姓が変更されたという経緯を聞いて状況が理解できた』
同氏の調査が実を結び、メッシは2022年にイタリアのサン・セヴェリーノ・マルケ市の名誉市民に選出された」
メッシの曾祖父のひとりは、移住先のブラジルで生まれていたとか。ただ、もともとはイタリア系のようだ。
「1905年に親族全員がアルゼンチンへ移住したため、現在ブラジルにメッシの親族は暮らしていない」とのこと。
筆者:井上大輔(編集部)
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