2010年、チリのサンティアゴでロシア人のマクシム・モロコエドフは児童書のなかに隠したコカイン6kgを密輸しようとしたとして逮捕された。
その後、懲役3年を言い渡された彼にはまだ刑期が1年残されているが、朝監房で目覚めた彼は、刑務所を出てグランドへと向かう。 24歳のモロコエドフはチリ2部リーグ、サンティアゴ・モルニンの選手でもあるのだ。
チリで逮捕される以前はロシア2部のプスコフ747でプレーしていたという彼のキャリアは密輸未遂事件で潰えたかに思われたが、刑務所内でそのサッカースキルとサッカーへの並々ならぬ熱意を見せると、思わぬ事態が待っていた。
『AP』が伝えた刑務所からクラブへ通う世にも珍しいフットボーラーについてご紹介する。
「とても幸せだよ。でも、一生懸命やらなきゃならないことは分かってる。契約は6か月。これからを見据えてはいるけど、日々その時を生きているんだ」と他の収容者から教えられたスペイン語のスラングを交えながら話すモロコエドフはサンクトペテルブルクの学校を中退した後、パワーとアジリティを買われプスコフ747へ入団した。
そして2010年、旅行先のエクアドルからマドリッドを経てモスクワへ帰る途中、チリの首都サンティアゴで逮捕された。その事件については馬鹿だったと後悔していて、あまり話したくない酷い記憶だと語る。
サンティアゴの刑務所で待っていたのは辛い生活だった。他の囚人4人とすし詰め状態の監房でスペイン語は分からず、家族を恋しく思った。 そんななか、刑務所内で行われたサッカーで彼は持ち前のスキルを見せつけると、その右足から繰り出される鋭いシュートとドリブルに驚いた他の収容者は彼にデオドランドや石鹸を献上するようになったという。
さらに、このロシア人の噂は広がり、なんとチリ代表監督のクラウディオ・ボルギの耳にまで届いた。 そのボルギはモロコエドフはプロで十分通用するとお墨付きを与えると、元チリ五輪代表MFフランクリン・ロボス(2010年に発生した鉱山落盤事故で地下に閉じ込められた33人うちの一人)が彼の保証人になった。
ただ、モロコエドフはまだ刑期が1年あったため、(刑務所を出入りするための?)パスを持っていなかったが、7月末から監視つきの条件で刑務所を出てグランドに通うのを認められたという。
刑務所のスポークスマンは「これはマクシムの運動能力を考慮した例外的な状況です。彼が社会復帰する機会を阻害しないのも刑務所のシステムです。彼がうまくやってくれることをただ望んでいます」として囚人のリハビリテーションと社会復帰の一環として例外的な措置でピッチに戻ることを許可したと述べた。
そして、サンティアゴ・モルニンと一員として初めてピッチに立った1部リーグのパレスティーノとの試合で彼はいきなり2ゴールを決めた。
サンティアゴ・モルニンのエルナン・イバーラ監督は 「誰でも過ちを犯しえるということを彼は身をもって証明している。だが、もし人生に再チャンスがあるなら、それを与えるべきだ。それが彼の愛するサッカーならなおのことね」 と話し、モロコエドフが見せたボールコントロールなど予想以上の能力を賞賛。特にスピードは身を見張るものがあるそうで、あのルイス・フィーゴと比較しつつ 「少し大げさかもしれない。まだほんの数週間しか彼と一緒にやってないからね。でも、身体的にも技術的にもポジティブなコンディションであることは分かったよ。彼はチリのどのチームにおいても重要な選手になるだろうし、彼がプロになるために必要とするもの全てを持っていることには何の疑いもない」 とも述べた。
そんななか、過密状態にある刑務所の収容率を下げるため、今後10年はチリに戻らないことを条件に外国人収容者に母国送還を認める恩赦が出たことで、モロコエドフは今月になってロシアに戻ることが可能になった。だが、彼はチリの残ることを決め、この火曜日にプスコフ747からサンティアゴ・モルニンへの移籍が正式に認められたという。
「僕の人生はここにあるし、うまくやっていきたいんだ」
と話すモロコエドフにはすでに女性ファンもいるそうで、刑務所の前で彼を待ち受けていた女性に写真をせがまれた後キスを送られると、少し恥ずかしそうにしてまた“塀”の中へと戻っていった。
(筆:Qoly編集部 I)