「サッカーで起きることは、予想できないし、論理的解説もできない」と元日本代表監督であるフィリップ・トルシエは語った。まさにその言葉を象徴するように、今季のセリエAで起こっていることは多くの識者が思い浮かべた絵ではないだろう。絶対王者ユベントス、そしてデ・ラウレンティス会長が大幅な改革を断行したナポリの争いになると思われた2013-14シーズンのセリエAを沸かせているのは、ヨーロッパ全土を席巻する戦力を有する帝国を再び建造しようと企むアメリカ人オーナーと、フランス人監督ルディ・ガルシアに率いられたASローマというチームなのだから。ASローマが昨日の勝利で達成した開幕8連勝を経験したことがあるのはセリエAの歴史でもたった2チーム、そしてその両方のチームがセリエAを制している。ジェームズ・パロッタはNBAにおいてボストン・セルティックスに成功と名誉をもたらしたように、ローマという街にRenaissance(ルネッサンス)をもたらそうとしている。今回は、昨日行われたナポリ対ローマを中心としながら、ASローマというチームの好調とルディ・ガルシアという指揮官の思考について探っていきたい。さて、思考を旅立たせることにしよう。
今季のASローマの特徴を一言で語るとすれば、「プレッシングの緻密さ」が恐らく最も適切な表現だろう。また、何故そのプレッシングが可能になるのかという部分についても掘り下げていく必要性がある。組み立てから「プレッシング」を意識して形作っていくという点こそがルディ・ガルシアという男の真骨頂だ。まるで相手を狭い鳥籠に閉じ込めるように自由を奪い、そこから何度でも自由に波状攻撃を仕掛けることによって「数の暴力」のようなアタッキングフットボールを展開する。最も顕著なのはローマの右サイドから仕掛けられる攻撃と奪われた後の守備であり、まずはその場面でのシステムについて見ていくことにしよう。
まずは低い位置に3センターの一角であるデ・ロッシが下がっていくことで組み立てを助ける。そして、右サイドバックを一気に高い位置に押し上げていくのだ。そして、ここで他のチームと少し異なる点が1つ。右のセンターハーフとしてプレーすることの多いピアニッチが、もともと右サイドバックがいた位置へと下がり、そこでボールを受けていくのである。ここでのメリットは2つ。直接右サイドバックへとボールを通すよりも、一度ピアニッチに預けた方が安全であることと、このポジションまで落ちてくる中盤の選手に相手がついてくることは比較的少ないため、ピアニッチが前を向いてボールを持てることにある。
日本代表でも、遠藤がこのように右サイドバックの位置に流れながらボールを受けて組み立てるような場面はある。しかし、それは恐らく「遠藤個人の判断によって行われるもの」であるという部分がASローマとの歴然たる差である。遠藤がそこで受けた後に、11人が連動して動きながら明確な形に持ち込んでいる訳ではないのだから。
閑話休題。ASローマの組み立てに話題を戻そう。右サイドバックのポジションにピアニッチが入ると、チャンスがあれば右サイドバックにボールを預ける。そして、そこから基本的にウイングとサイドバックの連携で攻撃を始めるのだ。ここで非常に面白いのがピアニッチのポジション取りで、右サイドの攻撃に加わるというよりは「奪われた際のカウンターを防止するための」ポジション取りをするのである。低い位置にピアニッチがポジションを取ることによって、明らかに難しい局面では下げて組み立て直すことも出来る。ある意味でゼーマニズムにも通じるようなこの発想は、3センターの選手がバランスを意識することによって更に現代的に進化することになった。攻撃を仕掛けながら、奪い返すことも考えているこのシステムによって相手のカウンターを何度となく未然に阻止してしまうのだ。「奪われ方」が良ければ「奪い返す」ことも容易い。この思想はユルゲン・クロップのドルトムントが得意としているハイプレスからの波状攻撃や、ペジェグリーニがマンチェスターダービーで見せた攻撃からのプレスにも通じるものがある。
また、ナポリを食い止めたハイラインも「ゼーマニズム」の名残を現代的に再建したものに見える。昨シーズンのユップ・ハインケスが創り上げた欧州王者バイエルンや、コンフェデでスペインを葬り去った現在のブラジル代表にも共通するこの「現代のハイライン」の特徴は「CBが中盤にまで迷いなく出ていく」点にある。持ち場を守って後ろに残り、スペースを潰すはず役割を担っていたCBを惑わすように、フランチェスコ・トッティやリオネル・メッシのような選手が中盤のような位置でボールを受けていく所謂「ゼロトップ」が一時期の流行となり、そしてフットボール戦術において主流の1つにまでなった。そういった中盤に落ちていくFWに対して、「ハイラインを保ったまま捕まえる」という目標を追い求めた結果、ハイラインでのセンターバックというものは持ち場を守るというよりも、落ちていく個人を追いかけて潰すポジションへと変貌しつつあるのである。そしてそれは同時に、中盤のスペースを極端に押し潰していくことにも繋がる。
更にローマはハイラインというだけではなく、中盤が3センターであることから相手のアタッカーが使いたいスペースは極端に狭くなってしまう。例えば昨日の試合においてナポリは、絶対的なエースであるイグアインの不在を埋めるために1トップに本来はシャドー的なポジションを得意としているゴラン・パンデフを起用。マレク・ハムシクとロレンツォ・インシーニェという強烈な破壊力を持つアタッカーも備えているナポリは、どうにかして中盤とDFラインの間を使おうと考えた。
しかし、ローマは図のように高いラインでしっかりとCBがパンデフに前を向かせないように潰し、インシーニェや外に流れながらボールを受けようとするハムシクはサイドバックとセンターハーフ、センターバックの狭いトライアングルによって強烈なプレッシャーを与える。3センターという特性上、サイドと中央の間に生まれるスペースのケアは2センターの時ほど難しいものにはならない点も大きなプラスとなった。その上、3トップという防波堤が両ボランチからの縦パスを阻害していることから、どうしても攻撃はサイドから迂回しての攻撃か、距離の遠いCBからの縦パスになってくる。こうなってしまうと、自慢のアタッカーは常に囲まれながら狭いところでのプレーを強いられ、結果的になかなか決定的な仕事をさせてもらえないまま90分が経過してしまうことになった。もちろんナポリも流石で、ハイラインの裏をつくような崩しで何度かチャンスを作り出したものの、恐らく今季のナポリが最大の武器としている「ハムシクやインシーニェが相手のエリア付近に出来たスペースでボールを持ちながら前を向き、そこに周りの選手が流動的に雪崩れ込んでくるようなスタイル」での攻撃はほとんど見ることが出来なかった。前述したようなサイドでのプレッシングで自慢のカウンターはなかなか機能せず、ハムシクとインシーニェを封じられてしまったナポリは蜘蛛の巣に捕まった獲物のように、その羽根を容赦なく捥ぎ取られてしまった。ナポリに勝ち目があるとすれば、ハムシクをドルトムント戦のように低めに落としながらロングパスを散らす役割を任せてプレッシングを回避することだったのかもしれないが、イグアインの怪我という不運によってそういった選択を取ることは難しかったのだろう。
攻守を一体化するコンパクトネスを支えているもう1つの要因は、デ・ロッシとジェルヴィーニョという2人のキーマンだ。ハイラインの裏に抜けてくる危険な相手に対しては、センターバックもこなすことが出来るほどに守備力が高いデ・ロッシがしっかりと対応する。ナポリ戦で言えば、ライン際でパンデフのシュートを防いだシュートブロックのように、最後の砦としてハイラインを支えるのだ。そして抜群のスプリント能力とドリブルスキルを持つジェルヴィーニョが背負うのは「分断」というタスク。そのスピードを生かした仕掛けでボールを運んでいくことで相手のセンターバックやサイドバックを低い位置にまで追いやり、相手をどんどんと間延びさせて前線と後ろを「分断」してしまうのだ。相手が間延びをしてくれば、自動的に相手はパスを遠い距離から通さなければならなくなる。そうなればコンパクトなローマのプレッシングは更に効果を発揮し、何度でも攻撃を繰り返していくことが出来る。
「攻守の一体化」というテーマに取り組んでいるのは勿論ローマだけではない。セリエで1つのクラブを挙げるとすればユヴェントスだ。ヨーロッパでの闘いでも存在感を示すまでに上り詰めたイタリアの絶対王者は、ローマ以上に完成度の高い成熟したフットボールを持っている。ある意味でプレッシングを打ち破る最大の武器となる展開力を持ったアンドレア・ピルロも健在だ。それでも、この短期間で王者に挑戦状を叩きつけるまでに至ったASローマとルディ・ガルシアであればあるいは…そう思わせてくれるだけの魅力がこのフットボールには詰まっている。少なくとも現時点では、結果でも内容でも彼らのフットボールがイタリア1であることに疑いの余地はない。分析のリーグ、セリエAがどのように彼らを封じる術を緻密に練り、そしてどのようにローマが進化を遂げていくのか。今後のセリエAも見逃せないリーグになりそうだ。
筆者名:結城 康平
プロフィール:「フットボールの試合を色んな角度から切り取って、様々な形にして組み合わせながら1つの作品にしていくことを目指す。形にこだわらず、わかりやすく、最後まで読んでもらえるような、見てない試合を是非再放送で見たいって思っていただけるような文章が書けるように日々研鑽中」
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