スコットランド、グラスゴーの大型スーパーマーケットで、12月中旬に面白いものを見かけた。それは、子どもからの「サンタクロースへの手紙」を掲示板に貼り出し、そこにサンタクロースからの返事とプレゼントを置くというものだった。“I’ve a very very good girl (boy)…” といったような書き出しで始まる子供たちの手紙を簡単に日本語に訳すと「ずっとずっと私はいい子でいました。いっぱいお手伝いもしたし、勉強も頑張りました。だから今年はプレゼントが欲しいです」というような内容のものが大半だった。
フットボールの世界でも「努力や準備」は必ずしも結果として報われるものではないが、勿論軽視していいものではない。特にクリスマス休暇を持たないプレミアリーグにおいて「12月下旬に試合が重なる地獄のロード」を突破するためにはチームとしての底力が欠かせない。流れや勢いだけで突破出来るものではない過酷な闘いは、チームがこれまでのシーズン、そしてシーズン前にやってきた全ての正否を白日の下に容赦なく曝け出す。だからこそ、長いシーズンを占う上で最も厳しく、重要な闘いがこの時期にやってくるのである。
今回このコラムでは、昨日(※12月29日)に行われたリバプール対チェルシーを分析することを通して、ジョゼ・モウリーニョという指揮官が積み重ねた「準備」を考えていきたい。
2つのチームの異なった「準備」
リバプールは、しっかりと地道に基礎を作ってきたチームと言っていい。2012年にブレンダン・ロジャースが就任した時から彼らは、スウォンジーで彼が展開したポゼッション・フットボールを追い求めた。ボールを相手より長い時間持つことによって、相手に攻められる時間を出来る限り減らし、一気に前線の個人技で捻じ伏せるチームを作るべく獲得してきたコウチーニョ、ジョー・アレン、ダニエル・スターリッジなどの選手達によってチームの色は大きく変化した。更に既存の戦力であるスティーブン・ジェラードやルイス・スアレス、ルーカスといった選手達を上手く新しいスタイルに組み込んだことも評価に値する。指揮官も今シーズンは「あくまでCL圏内が目的」であることを謙虚に強調しつつも、自らのチーム作りは数年以内にタイトル挑戦権を得ることを確信しているはずだ。
一方チェルシーは、2013年夏に新しい指揮官としてジョゼ・モウリーニョが約6年ぶりに復帰している。白い巨人、レアル・マドリードでの孤独な闘いから帰還し、経験を積んだジョゼ・モウリーニョにとって内部を知り尽くしたチェルシーは理想的な場所なのだろう。積極的な補強によって2列目に多種多様なタイプのアタッカーを揃えただけでなく、今季は様々な選手の組み合わせを試しながら多くのパターンを確立してきた彼らは、半年で既に忠実なモウリーニョの軍隊になっている。「競争」を重視する指揮官の下で、平等で高レベルな争いを繰り返す前線と、十分な経験を持った守備陣の融合により、半年しか経っていないとは思えないほど「ジョゼ」の色が濃く現れたチームとして成熟しつつある彼らも勿論、準備を怠ることが直接の敗因になることを様々な経験から知っている。
成功体験に引っ張られたリバプールと、隠された罠
前節のマンチェスター・シティ戦、リバプールは先制ゴールの後に戦術を変更している。ロジャース監督は、ゴールに感情を爆発させる選手達と共に喜ぶのではなく、中盤の要となるルーカスに指示を出して中盤の構成を変更。そこで2ボランチに近かった形から、ルーカスの前に2人が並ぶ形に変更したことで、ヤヤ・トゥーレとフェルナンジーニョという「プレミア最高レベル」のボランチをしっかりと抑え込んだ。ボランチ2枚をセンターハーフのマンツーマンに近い形で捕えながら、本来は前線に残るスアレスや両サイドのアタッカーも状況に応じてボランチを挟み込むことで上手くプレッシャーをかけ、攻撃の出発点をしっかりと潰してしまったのだ。
試合自体は競り負けてしまったものの、ボランチへのプレッシャーで奪い取ってからの躍動するような攻撃には、チーム全体が大きな手応えを得たはずだ。恐らく、ジョゼ・モウリーニョはその試合を分析していたに違いない。本職CBのダビド・ルイスをボランチに起用したのは、その影響もあったはずだ。「ボランチの組み立てる力に劣るチェルシーであれば、よりボランチへのプレッシャーが効果を発揮する」と考えたロジャースは、マンチェスター・シティ戦と同様にボランチをマンツーマンに近い形で抑え込むスタイルを選択する。しかし、そこにはジョゼ・モウリーニョの罠が隠されていた。
マンチェスター・シティと比べると低い位置にラインを設定し、GKのチェフも使っていく組み立てのスタイルをチェルシーが取ったことによりルイス・スアレスと両サイドの負担は増加。なかなかボランチを囲みこむような状況を作らせては貰えない。そうなってくると、奪いたいところで奪えないリバプールはプレッシングでの疲労によって前線の攻撃力まで少しずつ失っていくことになった。更に顕著にジョゼ・モウリーニョの策が実を結んだのが、同点弾へ繋がっていくことになるチェルシーの攻撃である。ランパードとダビド・ルイスを縦関係にしながら仕掛けていくシーンが続いたことによって、中央に集められてしまったリバプールの中盤に出来たスペースをウィリアンやアザールが使い、そこからボランチを経由せずにアタッカー3人でゴールへと繋げてしまったのである。
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図のように、ボランチへの意識が強まり過ぎたセンターハーフ2枚を縦関係に動かすことで、縦3人に並んでしまった中盤の周辺に生まれたスペースでアザールやウィリアンがボールを受けることによって、そこにルーカスを引きずり出し、そのまま残ったアタッカー2枚が余裕を持って前を向いて攻撃を仕掛ける形が増えたのである。マンチェスター・シティ戦での成功体験を繰り返そうとするリバプールの若者たちにとって、このスタイルを試合中に変更することは容易ではなかった。ボランチをセンターハーフで潰すという意識を逆に利用され、守備のバランスを無意識のうちに大きく崩されてしまったのである。
敵を知り己を知れば百戦危うからず
ジョゼ・モウリーニョの恐ろしいところは、「敵を知る」という部分にある。この半年、彼が知ろうとしたのは自らのチームだけでなく、ライバルとなるチームの性質、更に言えば各指揮官の性格や習性であったはずだ。しっかりと土台が形作られつつあるリバプールに芽生えつつある勢いですら利用するように、きっちりと受け流すように穴を作ってしまったチェルシーは冬を越えても安定した結果を残していく可能性が高い。特にビッグゲームにおいて、相手を調査した上で封じていくスタイルにおいて彼を上回るものはいない。
後半、1点リードを守るという局面においてもそれは明確に表れていた。ルイス・スアレスとホットラインを形成し、簡単にゴールを生み出す攻撃のキーマン、コウチーニョを封じるためにジョゼ・モウリーニョは徹底して左サイドから攻撃を仕掛けていったのだ。左サイドからの仕掛けは、密集した状態からの守備に繋げていくことで左サイドのコウチーニョへのパスを遮断するためだけではない。右サイドで最近起用されているラヒーム・スターリングはドリブル突破のイメージが強いが、ここ数試合はチャンスメーカー的な役割もこなすスアレスからのパスを受けるレシーバーとしてのプレーで存在感を放っている。そんな受け手としての能力を覚醒させつつある若きイングランド代表を、狭いスペースで守備に奔走させることによって最終的にゴールに絡んでいくようなプレーを封じてしまうという意味もあったのだ。実際終盤は、リバプールにとっては最早詰んだ状態だったように見えた。
「準備」段階で見える圧倒的な実力
もちろんリバプールは「発展途上」の若い選手が揃ったチームであり、ブレンダン・ロジャースもジョゼ・モウリーニョのアシスタントコーチを務めたことがあることからもわかるように、若い世代の監督の1人だ。そんな若い監督の前で、師であるジョゼ・モウリーニョが見せつけたのは「準備」の決定的な差だった。チームをひたすらに磨き上げ、敵を圧倒するチームを作るというブレンダン・ロジャースの思想も称賛すべきものだが、半年という限られた期間で自らの思考を体現するチームを作り上げたことは最早「優秀な監督」という言葉では表せない。スペインで宿命のライバルであるペップ・グアルディオラと文字通り世界最高の闘いを繰り広げたように、未だに一段階違うところに立っている指揮官なのだ。
彼がチェルシーでどのような準備をしたか、という部分に関しては我々には推測することしか出来ない。しかし、フアン・マタという中心的な存在を容赦なく戦術に対応しないということで切り捨てたように、チーム全体に「守るべき戦術的規律」を示したのであろうことは想像に難くない。導入で触れた「サンタさんのプレゼントを欲する子ども」のようにジョゼ・モウリーニョは、様々な偶然に左右されやすくなるシーズン終盤に「神に愛される」準備をしているように思えて仕方がない。興味深いことに、サンタクロースのモデルになったと伝えられる東ローマ帝国の司教、教父聖ニコラオスは学問の守護聖人としても知られており、まさに戦術家である彼にぴったりだ。
昨年の監督就任時に「Happy One」と自称したように、チェルシーで指揮官としての仕事を満喫する彼に、もしかしたら今季大きな贈り物があるのかもしれない。
筆者名:結城 康平
プロフィール:「フットボールの試合を色んな角度から切り取って、様々な形にして組み合わせながら1つの作品にしていくことを目指す。形にこだわらず、わかりやすく、最後まで読んでもらえるような、見てない試合を是非再放送で見たいって思っていただけるような文章が書けるように日々研鑽中」
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