「チームとしてはユベントスの方が上かもしれないが、ローマの方が個人個人の能力では上だ」

ASローマの誇りとして活躍する生きる伝説フランチェスコ・トッティは試合前にそんな発言で物議を醸した。「今季未だに無敗」と好調を持続するローマの中心が言うように、確かに今季のローマは「個」で相手を捻じ伏せてきた。勿論、組織力でも群を抜いてはいるものの、それ以上に攻撃の中心として切れ味鋭い突破を繰り返すジェルヴィーニョや守備において容赦なく相手アタッカーに食らいつく「エース殺し」メフディ・ベナティアのプレーはCLのレベルにあると言っても過言ではない。

「あまり笑わせるな。うちの選手たちはピッチ上で語る」

一方でユベントスの指揮官アントニオ・コンテは、トッティの言葉にこのように返答した。二連覇中のイタリア最強チームは今季更なる補強によってカルロス・テベスとフェルナンド・ジョレンテを獲得。無敗を続けるASローマを天王山で陥落させ、その勢いのままに王座を手中に収めることを虎視眈々と狙っていた。

「魑魅魍魎のリーグ、セリエA」に潜む恐怖

ASローマは非常に戦術的完成度が高く、攻撃においても守備においても個々の特性を生かせるようなスタイルを追い求めているチームだ(※「【コラム】ASローマ解体新書」)。初年度とは思えないほどに個々の攻撃力が噛み合い、開幕から10連勝という驚異的な記録を作って注目を集めた。

それでもセリエAは着々とその対策を始めていた。転機となったのは、私が観戦した中では恐らく連勝が止まる1つ前の試合となったキエーヴォ戦だ。彼らは楔のボールを激しく潰すローマの守備スタイルを乱すためにロングボールや裏へのボールを多用。更に、極端に片方のサイドに守備を集めることで人数をかけるサイドアタックを封殺した。キエーヴォが見つけ出した仮説は、すぐさま「研究者」揃いの各チームの指揮官によってそれぞれのチームに噛み合うように改良され始め、その後ローマは勢いを失っていくようになった(※「【コラム】アッレグリが見せた「ローマ破り」から、ミランの見る理想形を探る」)。11節から15節までは4つの引き分けが続いたようにローマの歯車が狂わされてしまったのは疑いのない事実である。

筆者は、これこそがセリエAというリーグが持つ奇妙な特性だと思っている。解決策が見つかればそれに追従しながら研究を重ね、ついにはワクチンを作り出してしまう。自分の拳とそれまでの練習と特性を信じて激しくぶつかり合うプレミアリーグのチームがボクサーだとすれば、様々な定石を研究しながら相手を徹底的に分析するセリエAのチームはさながら棋士である。リーグ1で優勝経験を持つルディ・ガルシアといえど、恐らくこの研究に晒され続ける環境で闘うのは非常にやりづらいことだろう。ラツィオのペトコビッチが解任されたように、イタリア国外出身でセリエAの特異性に対応出来ない指揮官も少なくない。

アントニオ・コンテの「尊敬」が作り出した対ローマワクチン。

この試合は、どれほどアントニオ・コンテがASローマを研究したのかというのが伝わってくるような試合だった。「眠れなかった」というまでに研究を巡らせたというナポリ戦のように、睡眠時間を削ってまで封じる術を考えたのであろう。それほどに、ASローマというチームは試合の大半を封じられた。普段は自由に飛び回るようなパス回しが、何か重みを感じるようになり、「ゴールが決まりさえすればクリスティーノ・ロナウド」とトッティが絶賛するジェルヴィーニョを中心とした電光石火のカウンターを発動させる場面も多くは見られなかった。

では、一体何故ユベントスがここまでASローマを封じることが出来たのか。そこにはCLでのレアル・マドリード戦以上に「封じる」ことを優先したアントニオ・コンテの様々な罠が潜んでいた。

まず、大きなポイントとなったのはジョレンテとテベスを守備時に低い位置まで下げたことである。本来はDFラインにアタックにいくはずの2トップは、それぞれローマの攻撃において重要な中継役となるピアニッチとストロートマンというMFをマークするようなポジションを何度となく取った。特にジョレンテは、ペナルティエリア付近までストロートマンをマークして戻るような場面さえ見られるほどだった。

juventus-vs-roma

強烈なフィジカルで縦パスを収めてしまうFWがいる訳ではないローマにとって、中継役を封じられてしまうのは大きな問題だった。図のように3センターと2トップに挟まれるように、非常に狭いスペースでプレーすることを強いられた2人は何度となくボールを失い、そこからユベントスの攻撃が開始されてしまった。

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更にこのスタイルは、サイド攻撃に対しても効果的だった。ポグバとヴィダルという両センターハーフがローマのセンターハーフを見なくてもいい場面が増えたおかげで、サイドへのヘルプが簡単になったのである。それによって、サイドにウイング、サイドバック、そしてもう1人のFWを絡めてくるローマ得意のサイドアタックに対しても、しっかりと人数を揃えて対処可能となったのだ。人数をしっかりと揃えることで、複数人が絡むサイドアタックを封じこむだけでなく、圧倒的な突破力を誇るジェルヴィーニョとの1対1の局面を避け、上手く挟み込んで対処していった。

指揮者アンドレア・ピルロと荘厳なオーケストラ

一方で攻撃においては中盤を経由しない「長い縦パス」を重視した。裏へのロングボールを挟みつつDFラインを牽制し、ボールをしっかりと収めることが出来る2トップに縦パスを入れる。中盤で繋ぎに行って不用意に奪われ、高速カウンターを浴びないようにするローマ対策の基本形を取り入れたことになる。またそれだけでなく、アンドレア・ピルロの様々な工夫によって縦パスの成功率は抜群に上がることとなった。図のように、ローマの守備時にはトッティがピルロのマークについており、トッティが追いつけない時にはピアニッチが彼を見ることとなっていた。

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まず、ピルロは何気なくボールを貰いにいくように左サイドに流れていく。こうなると当然マーカーはついていくことになるが、ここで興味深いのが、ピルロは動きながらDFラインにハンドサインで指示を出しているということだ。「ここには出すな、DFラインで回せ」という指示を出しながらDFラインで何度かパスを回させている間に、ポグバとヴィダルという両センターハーフが外に開いていく。

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すると、縦にFWへのパスコースが空いてしまうのである。これはローマのマンツーマンに近い意識を上手く利用したものであり、ピルロについていかなければ彼から「より正確で危険な」スルーパスが出てくる可能性が高まる。そうなってくると、ローマはどちらに転んでも危険な場面を作られてしまう可能性が高い。ここでアンドレア・ピルロが恐ろしいのは「全くボールに触れずにハンドサインのみで」周りをしっかりと動かしたことである。彼の意図をしっかりと察するユベントスの選手達も勿論一流の演奏家たちであることは間違いないが、そのオーケストラをしっかりと束ねているのはアンドレア・ピルロという指揮者なのだと思い知らされた。また、この形からヴィダルとポグバがサイドを攻略するような場面も多く見られたように、縦パスからの中央突破だけでなくサイド攻撃にも活用してしまったのである。

無敗が途絶えたローマに見る可能性

後半に2人が退場となるなど審判の判定に恵まれなかった部分もあったものの、3点を奪われて敗戦。これまで無敗を保ち続けたチームとは思えないほどにあっさりとした敗戦はローマにとって決して小さなダメージではないだろう。しかしそれでも、半年間で驚異的な成績を残し、ここまでユベントスに「徹底」させたことはローマの圧倒的なポテンシャルを示している。冬の補強でも数人の実力者を加えることを狙っている彼らにとって、この試合を「+」にすることが最も重要となる。

糸が切れたように悪循環に陥ってしまう可能性と、更なる進化によって「対策」を打ち破る可能性の両方が考えられるように、この試合はローマの今後にとっても分岐点になり兼ねない。アントニオ・コンテも就任当初はセリエB時代にやっていた戦術とメンバーとのミスマッチや、「ピルロ封じ」などの対策を講じられ、同じ道を辿って苦しみながらも「二連覇」を成し遂げたように、ルディ・ガルシアにとって「修正力」を試す絶好の舞台である。ここを乗り越えられさえすれば、彼らは恐らく数年に渡って競争力を保てるからこそ、これからのローマからも目が離せない。


筆者名:結城 康平

プロフィール:「フットボールの試合を色んな角度から切り取って、様々な形にして組み合わせながら1つの作品にしていくことを目指す。形にこだわらず、わかりやすく、最後まで読んでもらえるような、見てない試合を是非再放送で見たいって思っていただけるような文章が書けるように日々研鑽中」
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