はじめまして、こちらでコラムを書かせていただくことになりました栗田シメイです。国やジャンルに捉えわれず、いろいろな視点でコラムを書くことができればと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。
2005年に行われた、第84回全国高等学校サッカー選手権。当時2年生だった小柄なドリブラーのプレーに、私の目は釘付けになった。国見高校を筆頭とする九州勢が、フィジカルと組織力を全面に押し出したスタイルで高校サッカー界を制圧する中、野洲高校が繰り広げる個々の技術で1対1を仕掛けていくフットボールは、出色と言えるものだった。”セクシーフットボール”と呼ばれたテクニシャン揃いの同校の中でも、乾貴士のボールタッチ・ドリブル技術に、少なからぬ衝撃を受けたことは8年が過ぎた今でも記憶に新しい。
以来私は、横浜F・マリノス入団から、現在所属するアイントラハト・フランクフルトに至るまで、乾の歩んできた軌跡を自然と目で追うようになっていた。
現在の日本代表の面々に目を向けて見ても、ワン・ツーやファーストタッチで”いなし”タイミングで相手を抜き去る選手は多いが、細かいステップと独特の小気味良いリズムで相手DFを”切り裂く”という表現が当てはまる選手は乾しかいないように思う。戦術が複雑化し、攻撃的な選手にも当然のように守備が求められるようになった現代サッカーにおいて、乾のように愚直なまでに己のスタイルを貫き通すプレーヤーには、どうも痒いところをくすぐられる。
昨季、2部から昇格したばかりのフランクフルトで33試合に出場。6得点を記録し、チームをEL出場に導きブンデスリーグを席巻した乾も所属2年目となる今季は、出場機会が減少しチーム内で存在感を示せずにいる。
もう1度、大柄で屈強なDF陣を”切り裂く”プレーをドイツで見せて欲しい。そして、願わくばブラジルの地でも。そんな思いが交差するなか、フランクフルト滞在時の11月某日。フランクフルト中央駅から電車で10分ほど揺られ、フランクフルト・アム・マイン・シュタディオン駅で下車後、10分ほど歩いた場所に位置するホームスタジアム「ヴァルトシュタディオン」隣にある練習場に足を運んだ。
現地記者が見た乾貴士像
今回の訪問の目的として、チームメイトや監督から見た乾はどう映っているのか。そのことを自分なりに、解釈したかったということが挙げられる。
ブンデスリーガに所属するチームは、バイエルン・ミュンヘン、ボルシア・ドルトムントといったビッグクラブを除けば定期的に公開練習を行っており、選手とファンの距離が近い。
私が訪問した日は、代表クラスの選手は国際Aマッチ週間ということもあり練習に参加していたのは、フルメンバーではない。乾も日本代表のオランダ・ベルギー遠征に帯同していて、不在であった。しかし、練習場には50人程度の目の肥えたファンが気温4度の寒さの中練習を見守り、日本人である私に「イヌイ、イヌイ」と声を掛けてくれる。練習場には、kicker紙のカメラマンと記者もいた。
ドイツ語が話せない私は、手始めに英語でkicker紙の記者に乾の印象を尋ねてみた。
「非常にテクニカルな選手で現在のチームにいないタイプの選手だが、今季はチームの戦術の変更もあり適応に苦しんでいる。kickerでも昨季は乾の特集を組んだが、今季の印象としては、守備の理解力を向上させる必要がある。去年のパフォーマンスを取り戻すことがチームの浮上に関わってくる。」と話した。
練習に目を戻すと、1人の小柄な選手に目を奪われた。マーティン・ラニッヒら数人を除けば、お世辞にもテクニカルとは言えないチームの中で、狭いエリアをドリブルで切り崩していく選手がいた。kickerの記者によると、名はマルク・シュテンデラと言う。聞けばまだ17歳で、ドイツのU-17代表の主力選手であるとのこと。
「シュテンデラは、ドイツでも注目の若手選手の1人。攻撃的な中盤のポジションなら、どこでもこなせる器用さも持ち合わせている。近い将来、乾のライバルと言える選手になるよ。覚えておいたほうが良いよ。」
チームメイトが見た乾貴士とは
練習終了後、私が話しを聞きたかったのは3人。監督であるアルミン・フェー、守護神であるケヴィン・トラップ、そして先ほど前述したマルク・シュテンデラ。まずはアルミン・フェーのもとに向かったが、「乾は今オランダにいる。」と一言。それ以上何も聞くことができなかった。取材申請もしていなかったので、これは仕方がない。
続いて毎日の練習で乾のシュートを受けている、ケヴィン・トラップに話しを聞くことができた。
大阪から来たという旨を伝えると「乾が前に所属していたクラブのホームタウンだね。何でも聞いてくれ。」と質問に答えてくれた。
乾の性格をどう捉えているか?
「彼はよくジョークを言う、明るい性格だよ。チームメイトからも愛されているし、チームに溶け込んでいる。それに私は、彼の目が好きなんだ。とてもキュートだよ。」
乾のプレーについてはどう感じているのか?
「非常にテクニックに優れている。特にキックの精度が高い。シュート練習では、うまくタイミングをずらしてくる。先のプレーが読みにくい選手で、タイミングが独特だ。キーパーにとってはプレーの判断が難しい、グッドプレーヤーだよ。」
最後にマルク・シュテンデラのもとに向かった。先ほどのkicker紙の記者もシュンデラに取材中だった。近くで見てみると、身長170を少し超える程度の背丈の小柄な選手だ。
ポジションが近いということで、乾をライバルと捉えているか?
「乾は、チームで1番のテクニシャンでトラップとキックの質が高い。当然ライバルと捉えているし、常に気にしているよ。特に昨季のパフォーマンスは素晴らしかった。」
今季のチームは試合内容・結果ともに苦しんでいるように見えるが。
「ボカール、ELと、試合数が多くなっているからコンデイションを保つのが難しい。チームとしても、昨季よりマークされていると感じている。でも、いずれ結果がついてくるようになると思っているよ。」
あなたから見て乾はどういう性格か?
「明るくて、真面目な性格だよ。常に練習に100%で向き合う、プロフェッショナル選手だ。でもサッカーから離れると、とてもいい顔で笑うんだ。僕は彼の笑顔が好きで、チームでも人気者だよ。」
別れ際に2人に今日のことを書いてもいいか??と尋ねると「勿論。ドイツを楽しんで。試合も見に来てくれよ。」と日本人である私に対し、非常に好意的な対応で接してくれた。ブンデスリーガで活躍する日本人選手達への感謝を胸にしまい込み、私は練習場を後にした。
ブンデスリーガ特有の長いウィンターブレイク明けの対ヘルタBSC戦。先発出場を果たした乾であったが、本来の思い切りのよいドリブルは陰を潜め、インパクトを残すことができず56分に途中交代を命じられた。kicker紙の採点では、チーム最低点の5.5と厳しい評価を受ける。続く王者バイエルン・ミュンヘン戦ではベンチ入りするも、出場機会を得ることはできず、5対0で完敗。チームも降格圏から、勝ち点2差の14位(2月3日時点)と浮上のキッカケを掴めずにいる。
残留争いに向けて、結果を残せていない乾に向けられる目は、今後ますます厳しいものになるだろう。しかし、サポーターから聞いた「もっと自信を持ってプレーして欲しい」と愛情と期待の込もった声と、チームメイトからの信頼と高い評価は、必ず乾にとって追い風となるはずだ。不完全燃焼の乾の試合中継を見る度に、フランクフルトで食べた肉厚のある極上のジャーマンソーセージと、コクの深い地ビールの味と一緒に、フランクフルトで聞いた“声”を思い出すのであった。
筆者名:栗田シメイ
プロフィール:ライター・編集者。南米、アジア、中東、欧州と30ヶ国以上で取材を重ね、情報誌・webサイトなどに寄稿。
突撃取材など、体を張ったネタが得意です。6月に「南米と日本をつなぐもの達」(ギャラクシーブックス)を発売予定。応援するチームは、アーセナルFC・サンパウロFC・ビジャレアルCF。
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