指揮官は勿論フットボールにおいて重要だ。しかし、タイムアウトがあるバスケットボールやアメリカンフットボールに比べると、フットボールの試合中に指揮官が出来ることはそこまで多くない。声を張り上げ、指示を出す指揮官の姿も良く見られるが、試合中にどこまで指示が伝わるかは不確定な部分が多く、準備段階やハーフタイムのように「11人に指示を出せる段階」と比べると伝達の成功率はどうしても劣るだろう。

18日に行われたマンチェスター・シティ対バルセロナの試合では、そういった「考える」ことの重要さを改めて感じさせた。ペップ・グアルディオラが革命的としてヨーロッパで賞賛されたのはシステマチックな戦術の使い方だけでなく、選手に多くの選択肢を与えることによって「考える」チームとしてバルセロナを作り上げるという部分だったのだ。そして試みが見事に成功したのは、勿論バルセロナの選手層によるところも大きい。「システムの中で育ち、呼吸をするように当然の選択肢へ進む」ことに慣れきったスペインの選手達はペップが導入した有機的なシステムに驚くほどに噛み合った。

では、そういった観点から今回の試合を見ていくとしよう。

 

失点へと繋がる部分を導いた、バルセロナの思考力

まず、失点に繋がるPKへと繋がって行く流れについて分析していきたい。序盤好調を保ったマンチェスター・シティの攻撃を耐えながら、バルセロナはマンチェスター・シティの中盤のメカニズムを探っていた。勿論指揮官マルティーノが指示を出した可能性なども考えなければならないだろうが、今回はその仮定を否定していきたい。何故なら、序盤マンチェスター・シティの守備は良く機能していたからだ。落ちていくメッシをキッチリとCBで潰し、ヤヤ・トゥーレでしっかりとシャビの動きを封じていた。

しかし、前半の20分を過ぎた辺りだろうか。アンドレス・イニエスタがゆっくりと動き出す。低い位置に落ちた彼は何度となくドリブルでヤヤを挑発するようにボールを運び、ヤヤの飛び出しを誘った。セスクとシャビ、イニエスタが次々と入れ替わることで最も厄介なフェルナンジーニョの動きを止めながら、ヤヤの体力を削りにかかったのである。

守備でも顕著に3人でヤヤを取り囲むように高い位置からプレスをかけ、ヤヤが好む高い位置に出ていくようにゆったりと誘導した。動画の残り8分31秒からの流れでも、ヤヤ・トゥーレはブスケツのところにまでプレスにいっている。勿論それがチャンスに繋がったのは間違いないが、本来シルバを行かせたいところまで彼にカバーさせていることからは負担が大きいことも解るだろう。言い換えれば、攻撃でも守備でも高い位置に出ていきたがるヤヤを、故意に誘い出すようにプレーしたのだ。

動画残り7分30秒からのカウンターに、十分に失点の予兆は見られるはずだ。攻撃に移るタイミングでフェルナンジーニョとヤヤの2人が駆け上がったせいで、コンパニが誘い出されてサンチェスに裏に走られている。なんとか対処したが、これは失点シーンに繋がったPKを取られてしまったプレーに近い「デミチェリスがFWを後追いする」場面である。

動画残り7分15秒からの場面が、PKを取られた場面だ。攻撃をサポートにいったヤヤは3人に囲まれており、フェルナンジーニョがサポートしようと前に出たことでがら空きになったスペースをイニエスタが運び、メッシも十分な動き出しの余裕を与えられている。そのままドリブルで迫るイニエスタに対して、DFが躊躇した瞬間にメッシが裏を取るという展開だ。なんとかデミチェリスが粘ろうとしたものの、結果的にPK。少なくとも2度似た形を作られている時点で、起こるであろうことの予想は難しくなかった。

技術論としてのバルセロナ。プレミア対策としての「1・5タッチの概念」

動画残り2分48秒からの場面、ブスケツのタッチに注目して欲しい。1タッチしてもボールを出せるところで、あえて軽く1トラップしてから簡単にシャビにボールを送っている。バルセロナの選手が良く見せる高い基礎技術ではあるのだが、この試合では非常にこういったプレーの回数が多かった。1タッチでもなく、2タッチというほどゆっくりでもない。簡易的に「1・5タッチ」とコラム内では呼ぶことにしよう。瞬間的に間を取ることで、タックルを仕掛けたがる傾向にあるプレミアの選手を「1歩」寄せる。そうして相手の守備に隙を作るように彼らはこの技術を使う。

動画残り3分28秒からの流れで、ジョルディ・アルバが使ったテクニックも大きく分類すれば「1・5タッチ」に該当するだろう。厳密には1タッチだが、あえてトラップをせずにボールを流し、一瞬のタメを作ることでギリギリまで相手を誘い寄せている。

この技術の犠牲として最も誘い出されたのは恐らくヤヤ・トゥーレであった。体力に若干不安を抱える彼を誘い出すように、バルセロナの中盤は上手くタメを作ることで継続的にプレスを誘発していったのだ。狙われなかった相方フェルナンジーニョが97%という高いパス成功率を記録する中、ヤヤのパス成功率は86%とそこまで高くない(※データはWhoscoredを参照)。勿論役割としてヤヤが難しいパスを狙うという傾向はあるものの、プレミアリーグでの平均は90%に達するだけにやはり若干低い数字になってしまっていることは間違いない。相手の強烈なプレッシャーを浴びていたということだけでなく、度重なる「1・5タッチ」で走らされ、削り取られた体力の影響も考慮する必要があるだろう。

ペジェグリーニが認めるべき「差」

ペジェグリーニは勿論素晴らしい指揮官である。だが、人間的に素晴らしいというポジティブな側面がある一方で、盲信的に選手を信じきってしまう傾向がある。例えばジョゼ・モウリーニョだったら、ラファエル・ベニテスだったら…と考えたときに「恐らく中盤の配置を変えて相手を混乱させにかかる」という可能性が高いはずだ。実際後半デミチェリスが退場し、シルバがボランチに近い位置でプレーするようになってから個人のミス以外では崩される場面はそこまで多くなかった。例えば3センター、もしくはヤヤのトップ下起用とハビ・ガルシアの併用、CBのボランチ起用など選択肢は決して少なくない。ヤヤが何度となく誘い出されながらスコアレスで折り返したハーフタイムでの修正も、確実に可能だったはずだ。

スペインでの経験から、彼がバルセロナのように「個々が上手く思考することで組織として機能する」チームを目指しているのは見えてくる。しかし、時にフットボールにおいて実力差を認めて策を練る「現実主義的」な選択も必要不可欠だ。そしてそういった「現実主義」は決して「理想的なバルセロナ」と相反するものではない。そういった戦術的規律を染みこませることで、基礎を学んだ子どものように「応用問題」としての「思考」という局面に進んでいけるのだから。モウリーニョがアザールやオスカルに戦術的規律を植え付けたことで、彼らの攻撃での豊富なアイディアが損なわれたか?といえばむしろ逆であるように。

現在のマンチェスター・シティには恐らくダビド・シルバやサミル・ナスリといった選手を除けば「考える素地」が足りない。勿論若い選手も多い彼らには大きな可能性があるが、バルセロナとの差を認めて地道に「基礎」を作らなければ永遠にラインを「超えられない」まま足踏みすることになってしまうだろう。


筆者名:結城 康平

プロフィール:「フットボールの試合を色んな角度から切り取って、様々な形にして組み合わせながら1つの作品にしていくことを目指す。形にこだわらず、わかりやすく、最後まで読んでもらえるような、見てない試合を是非再放送で見たいって思っていただけるような文章が書けるように日々研鑽中」
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