「今季のプレミアリーグはマンチェスター・シティかチェルシーが取るだろう」

こういった主張はシーズン開始前、様々なところで見られた。現地でも、2チームの圧倒的な選手層から本命に上げる識者は多かったし、かくいう筆者もその1人だ。本格的に2チームが作れるのではないかというほどに戦力を揃えた2チーム、そして十分なトップレベルでの経験のある2人の指揮官、ジョゼ・モウリーニョとマヌエル・ペジェグリーニ―実際、現在その2チームは素晴らしい結果を残しながら終盤に突入しようとしている。しかし、「予想外に」と言っては礼を逸するかもしれないが、序盤から好調を保ちながら食らいついているのがアーセン・ヴェンゲル率いるアーセナルだ。例年から後半の追い上げには定評があったものの、シーズン前はFW不足などの層の薄さから厳しいシーズンになるという評価も少なくなかった。しかし開幕前に加入した新戦力メスト・エジルと、ミランから復帰したマテュー・フラミニ。そして急速な現有戦力の成長によって勢いに乗った彼らは現在3位(3月20日)。勿論首位も射程圏内に見えている。

ただ、彼らが勤続疲労とシーズン前から指摘されていたDFや前線のポジションの層の薄さから序盤の勢いを失いつつあるという意見もあるのは確かだ。メスト・エジルやジャック・ウィルシャーの怪我も、良い流れを止める危険性を孕んでいる。実際、勢いに乗るリバプールに2位の座は奪われてしまっており、ここからの戦いはチーム全体の総合力によって決まるものだ。勿論誰もが解っているだろうが、プレミアの終盤戦は熾烈だ。それでも、週末に行われたノースロンドンダービーを見て筆者は「今季のアーセナル」の実力がフロックではないことを実感すると共に、指揮官ヴェンゲルが上位チームに送りつけたメッセージを見たように感じられた。今回は、アーセナルがノースロンドンダービーにおいて最大のライバル相手に見せたフットボールを探ることを通して、彼らの今後の戦いを考えていきたい。

(権利元の都合により埋め込みコードの掲載を取りやめました)

 

全てにおいて計算されたカウンター専用布陣

アーセナルの守備の精度は非常に高く、何度となくスパーズの高いラインの裏を狙いながら好機を作り出した。ここで興味深かったのが、アーセナルの全ての動きがカウンターを致命傷に繋げるためにハイラインを誘発するように構築されていたことだ。

まずは前線からの守備について説明しよう。ジルーは本来追いかけるべきCBではなく、何度となく献身的にボランチに対してプレッシャーをかけるような動きを見せた。これに対し、当然トッテナムは一般的なやり方で対抗してくる。それは、CBがボールを持ちあがることによって起点を高い位置へと上げることだ。実際トッテナムは、ジルーの守備形式に合わせてCBの持ち上がりを増やしていった。

また、ウイングのポジションで起用されたロシツキーの動きも興味深い。どちらかというとサイドではなく中盤、3センターの右のようなポジションを取った彼に対し、トッテナムは左サイドバックのローズを上げることでチャンスを増やそうとする。実際下の図を見ればわかるように、ローズのプレーエリアは非常に高い。ここを突くことで、アーセナルの開始間近の先制点が生まれたことにも触れる必要があるだろう。

tottenham-vs-arsenal

(Squawka Football参照)

プレッシャーが甘くなるのだから、トッテナムが選択した形は妥当なように見えるが、実のところこういった動きはアーセナルによって罠にはめられていたようなものだった。右サイドからの攻撃中心になることで守備は予測がしやすくなるし、ハイラインを誘発することによって相手の裏にはより広いスペースが生まれる。そしてロシツキーをある程度ボランチのサポートとして使うことで、そこからの高精度なボールでロングカウンターを狙う。状況によってロシツキーが下がる分、その際守備が免除されたポドルスキやチェンバレンを飛び出させてカウンターを狙う形は前半驚くほどに嵌った。

特に、動画1分4秒からの崩しは特筆に値する。引いてきたジルーがハイラインのCBを誘いながらスペースを作り出し、同時に囮の役割も果たす。そして守備陣が把握しづらい位置からチェンバレンが現れ、ボールを受けながら一気に抜け出すという寸法だ。実際ここで左CBの代わりにチェンバレンに対応しているのはボランチでプレーしていたベンタレブで、明らかに反応が遅れている。恐ろしかったのが、この動きにおける全体の連動における精度の高さである。適当にやっただけでは絶対に生み出せない、練習に裏打ちされた連動であることを見てとることが出来るだろう。

アーセン・ヴェンゲルが戦術に込めた意味とは?

では、話題を移そう。何故彼がこの戦術を使ったのか、という部分には様々な仮説を立てることが出来る。

まず1つは、CLでの体力消費がある状態で出来る戦術を選ばざるを得なかったということだ。勿論これはかなり有力なもので、後半ジルーなどの前線の選手が明らかに体力的に苦しんでいるように見えたことなどからも類推することが出来る。しかし、今回ここで強調したいのはもう1つの仮説だ。

それは、「後半戦に向けて、他チームにカウンターという選択肢をハッキリと示しておきたかった」ということである。今季非常に好調を誇るコシエルニーとメルテザッカーのCBコンビできっちりと守り、しっかりと練習によって作り上げられた「精度の高い」カウンターを仕掛けるという選択肢があることを再確認させることは、相手にとって直接対決で起こり得るパターンを増やすことになる。特に優勝争いをするような強豪との試合では、駆け引きは試合前から始まっている。パターンBの存在を示すことは、後半戦において恐らく大きな意味を持つはずだ。それもトッテナムの攻撃陣を完封出来るとなると、当然強豪チームであっても「カウンターを中心に戦ってくる」という選択肢を考慮に入れる必要が出てくる。そうなってくると、相手が戦術の選択をミスする可能性も上がってくるという訳だ。

もしかしたら、今回の試合によって置かれた布石が終盤のアーセナルにとって大きな意味を持つのかもしれない。プレミアの後半戦から目が離せない。


筆者名:結城 康平

プロフィール:「フットボールの試合を色んな角度から切り取って、様々な形にして組み合わせながら1つの作品にしていくことを目指す。形にこだわらず、わかりやすく、最後まで読んでもらえるような、見てない試合を是非再放送で見たいって思っていただけるような文章が書けるように日々研鑽中」
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