4月6日、プレミアリーグ第33節としてウエストハム・ユナイテッド対リバプールの試合が行われ、その5日前にはマンチェスター・ユナイテッドが本拠地オールド・トラッフォードでドイツの王者バイエルン・ミュンヘンと対峙した。

片やプレミアリーグ、片やチャンピオンズリーグということで当然多くの差異は存在している。しかし、この2試合には「ポゼッションを中心とするフットボール」を崩すためのいくつかのヒントが隠れていた。今回は、サム・アラダイスとデイビッド・モイーズが見せた「ポゼッション破り」について考えると共に、それに対する策としてブレンダン・ロジャースとペップ・グアルディオラが切ったカードを分析することによって、ポゼッションの理解に繋げていきたい。

 

ウエストハムが見せた、「アンバランス」

ウエストハムは、右サイドにモハメド・ディアメとギー・デメルというアフリカ大陸出身コンビを起用。その圧倒的なフィジカルを生かして、リバプールの左サイドを抑え込みにかかった。特に攻撃的な面子を起用したリバプールは、本来の左右をバランス良く使った組み立てが出来ずに苦しみ、なかなか前半思うようにゆっくりとした攻撃が出来なかった。それでも柔軟にスアレスとスターリングの機動力を生かしたカウンターに切り替え、簡単にPKを奪ってしまうのは流石だが、本来の連動した攻撃は制限されたと言っていいだろう。

また、右のハーフに置かれたディアメが比較的自由に前からのプレッシングや中央での潰しに参加していることも効果的だったことに触れる必要がある。本来はセンターの選手でもあることからか、流動的に動き回るリバプールの前線に合わせて上手くポジションを調整しながら守備に参加していた。実際『Squawka』のヒートマップを確認してみても、セントラルサークル付近でのプレーが確認できる。

west-ham-vs-manchester-united

(Squawka Football より引用)

ロングボールを得意とすることでも知られるウエストハムによって、リバプールの中盤がDFラインをフォローするためにある程度下がらざるを得なかったことも大きく、ボールを奪ったとしても低い位置で相手からのプレッシャーを受ける状況になっていた。そうなると、なかなか落ち着いて組み立て直すことは難しく、ロングボールで逃れるような場面も散見された。何度となくコウチーニョがフォローの遅さに苦しむ場面を見せたのもそのためで、いつもなら積極的にサポートに行けるヘンダーソンがDFラインのフォローも含む守備に忙殺されてしまっていたという訳だ。ウエストハムはリバプールの警戒を逆手に取り、下がってきたキャロルにDFラインとボランチの意識を集中させ、そこをあえて使わずに裏に走り込んだ選手に合わせたり、キャロルを囮に一気にドリブルで運ぶパターンでもチャンスを作り出した。

マンチェスター・ユナイテッドが見せた「アンバランス」

ペップ・グアルディオラがカタルーニャの地に脈々と受け継がれている「ポゼッションの神髄」を仕込んだバイエルン・ミュンヘンを相手にして、マンチェスター・ユナイテッドの守備陣が守りきれると考えていた識者は決して多くなかったはずだ。相手は圧倒的な攻撃力を誇るCL優勝候補、対して今季のマンチェスター・ユナイテッドは特に守備陣の脆さで優勝争いから脱落してしまっている。それでも結果から言えば、彼らは見事過ぎるほどにバイエルン・ミュンヘンの誇る豪華絢爛な攻撃陣を抑え込んだ。

アンバランスな守備によってバイエルンの攻撃をある程度誘導したこと、これが1つの大きな要因である。右サイドバックに入ったフィル・ジョーンズ、右のアタッカーとして起用されたアントニオ・バレンシア。それに加えて3センターの右にポジションを取ったマルアン・フェライニという強靭な肉体を持った守備陣で露骨にバイエルンの左サイドに蓋をしたことによって、バイエルンの攻撃は無意識のうちに誘導された。フィジカル勝負で奪われるリスクを避けたいバイエルンは、巧みに中盤のラームを動かしながら右サイドから仕掛けていこうとするが、そこにはライアン・ギグス。今季からコーチ兼任となり、戦術眼にも優れる「生きる伝説」が上手くウェルベックとビュットナーを動かすことによって失点を許さなかった。

言い方を変えれば、マンチェスター・ユナイテッドは、バイエルンの持つ無数の攻撃パターンをある程度限定することによって守備での予測をしやすくしたのである。実際のところは守備において良くポジショニングミスが見られるフェライニの周辺から崩したいところだったはずだが、何度か左サイドから攻撃を仕掛けた際に強引にフィジカルで奪われたことでバイエルンは攻撃の方向性を変えている。更にその戦術を機能させるために、徹底して右サイドから攻撃を仕掛けたことも興味深い。『Whoscored』によれば、ユナイテッドの右サイドからの攻撃は57%を占めたという。

右サイドのバレンシアを中心とした攻撃を増やすことで、カウンターを避けたいバイエルンをより左サイドに誘導していったということもあるはずだ。リベリーとロッベンを同サイドに置いて、そこからの攻撃を得意とするバイエルンだったが、特にそのパターンに対する研究は万全という雰囲気を受けた。例えば下の動画、37秒からのシーンは、ロッベンが仕掛けて中に切り込んでくるシーンだ。全体がしっかりと予想して対応していることが良く解るだろう。動画1分からのシーンや、2分30秒からのシーンも落ち着いて左サイドからの攻撃を組織的に守っていることが解る良い例だろう。

 

指揮官がとった対策とその効果

話は戻り、ウエストハム戦においてリバプールのとった対策はシンプルなものだった。コウチーニョに代えてルーカスを投入し、後ろで組み立てる時間を増やしたことによって徐々に彼らはポゼッションにおける本来の落ち着きを取り戻していった。勿論、その時点で引き分けの状態だったことも大きい。2本のPKによって、点を取らなくなったウエストハムが前からのプレッシングにいかなければならなくなると、更にその効果は倍増。特にスターリングが上手く後ろに下がってボールを捌き、時には中央突破を図ることでプレッシングをズタズタに切り裂いていった。

一方、逆にユナイテッドを相手にビハインドを背負ったバイエルンは、より直接的な手でこれを破りにいっている。それはCFにターゲットマンとなれるマンジュキッチを配置することで、二列目からの走り込みを生かすことだった。これはある意味では、「読まれている攻撃パターンではないものを使う」というものになるのだろう。

ここでモイーズの失策だったのが、前半終了時にギグスを香川と代えてしまったことで、失点も実際香川とビュットナーの連携が取りきれなかったところから生まれている(動画4分40秒から)。恐らくギグスであれば、どこかのタイミングでビュットナーに指示を出し、サイドバックに当たるのが間に合うようにしていたはずだ。ギグスの不在によってキャリックが中途半端に香川のサポートに出て、かつフェライニは自分のマークを把握していない。彼の不在が様々なマイナス要素となり、シュバインシュタイガーの同点弾が生まれたという訳だ。

香川は攻撃では十分に効いていただけに、ルーニーとの交代を選んでギグスの位置にフレッチャーかジョーンズを配置するか、もしくはもう少しギグスを引っ張っておけばもしくは…と個人的には思っている。とはいえ、バイエルンというチーム全体が試合中に「マンジュキッチ投入というメッセージ」をしっかりと把握したという点は賞賛されるべきだろう。投入から3分後には得点に絡んでいるように、打開策としてのマンジュキッチの使い方はバイエルン全体に問題なく浸透していたという訳だ。

 

これらの試合は、ポゼッションを崩す1つの手であると同時に、その対抗策も含めたサンプルとして興味深いものになるだろう。極端に片方のサイドを封鎖し、逆サイドからの攻撃へと相手を誘導する。これは面白い発想であり、今後改良していく余地もあるだろう。そして、もしかしたら目前に迫るアリアンツ・アレーナでの2ndレグでこういった策はもう一度使われるかもしれない。


筆者名:結城 康平

プロフィール:「フットボールの試合を色んな角度から切り取って、様々な形にして組み合わせながら1つの作品にしていくことを目指す。形にこだわらず、わかりやすく、最後まで読んでもらえるような、見てない試合を是非再放送で見たいって思っていただけるような文章が書けるように日々研鑽中」
ツイッター:@yuukikouhei

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