マンチェスター・ユナイテッドが4月25日、公式にデイビッド・モイーズとの契約を打ち切ったことをLMA(プレミアリーグ監督協会)が発表した。

勿論、あくまで違約金などの話し合いがあったことから数日遅れたというだけであり、マンチェスター・ユナイテッドの公式ウェブサイトは4月22日、デイビッド・モイーズがチームを離れることを発表している。

今回は、多くの説が流れているデイビッド・モイーズ解任の理由についてイングランド紙の報道を元に推測していきたい。

フロントとモイーズの間にあった、意識の致命的なズレ

デイビッド・モイーズは、マンチェスター・ユナイテッドに6年契約で雇われていた指揮官だ。本人も常に「チームは変革期にある」と語っていたように、ファーガソン時代から抱えていた多くの問題(守備の弱さ、主力となる選手の高齢化、ヨーロッパでの戦術的問題)などを解決するという難易度の高い課題に挑んでいることを把握していたはずだ。だからこそ「38試合が進んだ時点で、1度として同じスターティングイレブンを起用していなかった」ように、ターンオーバーを繰り返しながら攻撃での最適解を見つけ出そうとしていた。

デイビッド・モイーズは、11人を1つとした組織を作るというより、複数人からなるユニットを中心にチームを作り上げる指揮官だ。そういった意味で、彼はエバートン時代のベインズとピーナールのように、チームの核となる組み合わせを必死で見つけようとしていた。特に、ウェルベック、ルーニー、ナニ、香川、ヤヌザイ、バレンシア、ヤングにマタやフェライニが加わったアタッカーで、連携を取れるコンビネーションを探そうとしていたのは明らかだ。

もし短期的な結果だけを求めるのであれば、香川はそこまで出番を貰えなかったはずで、「フィットしきれていないものの上手く相方が見つかれば長期的にチームを数年背負える可能性のある選手」として期待されていたのではないだろうか。日本のメディアは香川を出場させないモイーズを批判することも多かったが、個人的にはモイーズは長期的にチームを背負う上で、現在結果が芳しくなくても香川を使っていく気持ちは見せていたと感じている。

右腕としてファーガソンを支えたレネ・メウレンステーンは、「モイーズはマンチェスター・ユナイテッドの大きさを理解しておらず、我々のようにチームに慣れ親しんだスタッフの助言を聞き入れなかった」と述べている。しかし、もしモイーズが短期の結果だけを求められる状況であれば、彼はスタッフの意見を受け入れなかっただろうか? 長期の仕事だからこそ、サー・アレックス・ファーガソンという偉大過ぎる指揮官の色をどうにかして薄めなくては、改革が成り立たないと感じていた可能性もある。

当初は長期の仕事を望んでいたフロントだが、結果的に1年持たずにモイーズを解任。この結果から見れば、フロントは「短期での結果」と「長期での結果」を同時に望んでいたことになる。それは少し都合が良さ過ぎというものだ。全てのクラブに改革期は必要だし、現代のフットボール界では圧倒的な資金力無しでは常にトップクラスにいることは難しい。もし結果にもこだわるのであれば、もう少しモイーズとの意識の共有やサポートが求められたのではないだろうか。エバートンの指揮官ロベルト・マルティネスが「2人の移籍では、改革は難しい」とコメントしているように、改革と結果を同時に望むのであれば、指揮官の望む選手を数人連れてくる必要があったはずだ。更にフェライニは恐らく指揮官の希望した選手だが、マタの方はフロント主導だと思われる。

1年や2年チームが競争力を保てたとしても現在のマンチェスター・ユナイテッドがプレミアのトップに改革なしで残れるチームであると言うのは難しい。そういった意味では、モイーズは自らの仕事を実行しようとしていたはずだ。ジョゼ・モウリーニョも「デイビッド・モイーズの解任は、非常に残念だ。本人だけでなく、周りの環境にも問題があったのではないか」と状況を冷静に分析している。また、レネ・メウレンステーンは「ジョゼ・モウリーニョかペップ・グアルディオラならば、現在のユナイテッドでもプレミアを取れると私は確信している」とコメントしたが、彼自身も世界最高の指揮官でないと、現在のユナイテッドではプレミア制覇が難しいと考えているということだ。そういった意味では、デイビッド・モイーズがメディアで報じられているほどの失敗をしたとは思えない。イギリスの首相デイビッド・キャメロンさえも「ファーガソンの後を継ぐことは非常に難しい仕事だっただろう」とコメントしているように、誰もがその難しさを理解しているはずだ。

選手との関係悪化と、フロントの反応

株式の変動に関わる経済的な問題をモイーズのクビの原因としているイングランド紙もあるが、一方でそれを否定している新聞も少なくない。本コラムでは、経済面ではなくマネジメント的な側面からデイビッド・モイーズの解任に繋がる流れを考えていきたい。

最も心配されていたのは、エバートン時代に様々な対立があったとされているウェイン・ルーニーとの不和であった。特にアレックス・ファーガソン晩期には、ファーガソンとの関係も悪化していた赤い悪魔でのエースの扱いに関しては、シーズン前は多くのメディアから取り上げられた。マンチェスター・ユナイテッドの中心であるにも関わらず、移籍話も絶えなかったほどである。それでも、ルーニーとの関係は少なくとも表面上は悪くなかったというのが現実だろう。2月8日のルーニーの発言は、デイビッド・モイーズへの信頼を物語っている。

「デイビッド・モイーズはチームのために全てを捧げている。我々選手達が奮起しなければならない」

この発言以外にも、ルーニーは敗戦後に他の選手に奮起を促すような発言を積極的にしている。そんなルーニーに対し、モイーズも「既に彼はマンチェスター・ユナイテッドのレジェンドの1人」と返答するなど、彼らの関係は恐らく悪くなかったのだろう。しかし、チームのエースが必死で働いている中で、少しずつ一部の選手達の心はモイーズから離れつつあった。特に、改革期にあることを受け入れきれていない若い選手がストレスを溜め、ファギーと比べて厳格ではないモイーズに反旗を翻すような行動をすることが目立つようになった。

3月23日にはDaily Mail、ESPNなどが「DFクリス・スモーリングが深夜3時にバーで遊んでいたことが判明し、モイーズに厳罰を科された」と報道した。4月14日には、「ヤング、クレバリー、ウェルベックの3人が、夜遊びをしていたことで罰金を科された」、という内容をデイリー・メール、マンチェスター・イブニングニュースなどが報道。勿論メディアによって作りだされた噂話である可能性もあるが、不調時に連続で夜遊びの記事が出てくることは「火のないところに煙はたたない」という諺のように何かがあるのではと想像させるのには十分だ。その後、4月20日にはガーディアン紙が、出場機会を十分に与えられていないことからウェルベックが移籍を望んでいるという記事を掲載。「ルーニーを手本に居残りでも練習するくらいの気持ちを見せることが大切」と発言したモイーズに対し、ウェルベックが「監督は俺の練習をちゃんと見てくれていないから使ってくれないんだろう」と反論したと報道している。

ユナイテッドで数年しかプレーしておらず、常に勝利するチームしか知らない若手たちにとっては、モイーズの求める地道な改革はフラストレーションを感じるものになってしまったのかもしれない。また、モイーズにも明らかなマネジメントでの失敗が見られる。例えば、バイエルン戦で決定機を逃したウェルベックに対して「ウェルベックは、あの決定的な場面は決めきるべきだ。トップレベルでの試合では、決定的でなければ勝てない」と名指しで指摘したことだ。奮起を期待する意味もあったのかもしれないが、バイエルン相手に必死で守備に走り回った彼に対してのコメントとしては不適切であったのではないか。実際Daily Mirrorのジョン・クロス記者も、「ウェルベックの信頼を失ったことが解任の決め手になった」と筆者と似た予想をしている。

特にイングランド人の若手とモイーズの関係が悪化していることを、フロントが重く見た可能性は決して低くない。イングランド人が貴重になっているプレミアリーグで、若いイングランド人は様々な意味で重要な存在だ。失ってしまうのは戦力として痛いだけには留まらないのだ。そして彼ら若手が問題を起こし始めているということは、チーム全体がそれをコントロールしきれていないということでもある。そういった選手達のマネジメントという面では、モイーズは間違いなく失敗している。しかし、選手達にも問題は無かったかというとそうではない。ジョゼ・モウリーニョですらレアル・マドリードでは選手との人間関係で苦しんだように、世界最高の選手達を扱うのは簡単な仕事ではないのだ。特に、アレックス・ファーガソンの下でやっていた選手たちは、無意識に彼のような指揮官を求めてしまっていたのかもしれない。

マンチェスター・ユナイテッドの未来

シーズン残りとなる4試合は、ライアン・ギグスがプレーイング・マネージャーとして指揮を任されることに決まった(編集部注:昨日行われたモイーズ解任後の初戦は、ノリッジを相手に4-0と快勝)。更にスコールズをコーチとしてチームに呼び戻し、ロイ・キーン復帰の噂もあるように、「Fergie's Fledglings」と呼ばれる黄金期のメンバーでチームを固めることにより選手達の信頼を取り戻そうという策である。そして来季は満を持してファン・ハール、ユルゲン・クロップ、ジョゼ・モウリーニョ、ディエゴ・シメオネといったビッグネームの招聘に動くと報道されている。コーチ陣が比較的若く、選手出身者であることは新監督にとっては朗報だろう。改革を目指すのであれば、彼らは比較的柔軟に新たな方向性に対応してくれると思われるからだ。特に解説者として評価の高い、ギャリー・ネビルやロイ・キーン、ポール・スコールズといった面子は決してアレックス・ファーガソンが黄金期に作り上げたフットボールを盲信している訳ではない。

しかし、どの指揮官が来るにしても最も重要なのは、方向性を定めて指揮官に猶予を与えることだ。もしくは指揮官を代えるにしても、ある程度チームが目指す方向性は定めていかなければならない。何にしても、フロントの姿勢や選手達の意識における改革は必要不可欠だ。スケープゴートにされてしまった感のあるモイーズを解任した今、彼らが失敗から学んでくれることに期待したい。


筆者名:結城 康平

プロフィール:「フットボールの試合を色んな角度から切り取って、様々な形にして組み合わせながら1つの作品にしていくことを目指す。形にこだわらず、わかりやすく、最後まで読んでもらえるような、見てない試合を是非再放送で見たいって思っていただけるような文章が書けるように日々研鑽中」
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