Qolyアンバサダーのコラムニスト、中坊コラムの中坊氏によるレポートをお届けします。
サッカーに限った話ではないがこの世は常に変化し、アップデートされていく。
Jリーグしかり、海外サッカーしかり、そしてワールドカップしかり。制度変更には事欠かない。
その中でかなり大きな変更、W杯の出場枠拡大。これについては自分も残念でカタール大会までの32カ国制度がベストだと思っている。
ただ、拡大のメリットも理解できるし、過去、日本も拡大の恩恵を受けてきた側だと理解しているので一概に大反対とは言い難い。
世間で反対派が圧倒的多数の中、メリット自体も多くあるので、今回はあえて賛成派になりきった立場で述べていきたい。
拡大のメリット
・今までW杯に出ることが叶わなかった弱小国が出場できる可能性が高まり、ひいては新たなサッカー人気の掘り起こしや強化に繋がり、大会の収入も増大する
→ 特に中国や中東勢といった豊潤な資金力を持つ国がW杯に出た場合、放映権収入も桁違いに増える。
→ 1998年フランスW杯以降、出場24カ国から32カ国に拡大。これによりアジアの出場国枠も増え、日本が予選突破し初出場に至り、サッカー人気拡大および劇的な強化に繋がった。
・大国がまさかの予選敗退でW杯不参加という事態を防ぎ、W杯の盛り上がり低下を避けられる
→ 2022年カタールW杯ではイタリア、チリ、コロンビア等が予選敗退。2018年ロシアW杯ではイタリア、チリ、オランダ、アメリカ等が予選敗退。出場枠を増やせば、これらの大国が予選敗退の憂き目にあう可能性は低くなり、W杯出場により盛り上がりおよび放映権収入も確実に確保できる。
→ 日本においてもアジア出場枠が4.5から8への拡大により、アジア最終予選の突破可能性はさらに高まり、FIFAとしても日本という経済力を持つ国(放映権を高くふっかけられる国)からの収入を安定的に確保できる。
これら上記のメリットについて、さらに深く掘り下げていこう。
(1)お金
「結局カネかよ!」と思うかもしれないが制度設計においてお金は本当に大事であり根幹。いかにお金が積まれやすいスキームを構築するかが鍵となる。
FIFAに流れこむ資金によって年代別代表大会の運営充実や、女子サッカーの普及費増額、各国協会への賞金額増額と幅広く様々なサッカー関係が潤うこととなるため、FIFAが銭ゲバである点は全く否定しないが、銭ゲバFIFAの良い面は一応存在している。
ここまでの資金力がなければ女子サッカーの発展もなかっただろう。
カタールW杯後、FIFAは各国代表選手を派遣したクラブに補償金を支給しており、例えばFWミッチェル・デュークがオーストラリア代表に招集されたJ2ファジアーノ岡山は、FIFAから2,130万円が支給されている。クラブ規模からすると大金であり、ここはFIFAによる恩恵と言える。
特にカタール、サウジアラビア、中国、アメリカ。この経済的に豊かでサッカーに大きな投資をしてくれている国を確実にW杯へ出場させたいFIFAの意向は強く感じる。
この4カ国は確実に毎大会出場してもらいたいだろうに、中国はもう20年以上出場できていないし、アメリカですら北中米カリブ海予選で敗退することが起きているので、FIFAからしても大ダメージで避けたい事象だ。
そのためには枠を拡大して、できる限り経済大国がW杯に出やすくする制度改革が望ましい。
さらにはタイ、インドネシアといったサッカー熱が高く人口の多い東南アジア勢も出てくれたら、さらにチケットや放映権等の収入は稼げるだろう。
(その点、日本はこんな救済策を用意しなくても他国に比べたら見事な強化を成し遂げていて、しっかり予選を突破してくれるし、それでいて高い放映権料をふっかけてもウマ娘マネーで潤うサイバーエージェントがしっかり払ってくれるというFIFAからすればとてもありがたい、最高の存在だ。)
ここまで書いていて本当にお金のことしか考えていない偏った思考ではあるが、経済面を考えれば出場枠拡大は最善の一手である。
(2)弱小国の出場
まさに日本が良い事例である。
1994年アメリカW杯までは24カ国出場、アジア出場枠はたったの2だった。そのため予選で何度も跳ね返されて出場が叶わなかったが、1998年フランスW杯から32カ国に拡大。アジア出場枠は2→3.5に増大し、これによって日本はW杯出場をギリギリのところで掴み取った。
そこから7大会出場し、今や日本は弱小国から中堅国までにレベルアップした。ヨーロッパや南米のサッカーファンが「金目当てで日本のような弱小国にまで枠を与えるなんてレベルが下がる」。30年前は確実にそう言われてただろうに、今やスペイン・ドイツを倒せるほどの成長をみせている。
これはW杯出場枠の拡大がもたらした見事な好事例。 W杯出場によりその国でサッカーの注目度は段違いに高まり、サッカー人口も爆発的に増え、サッカーのレベル向上に繋がり、W杯で結果を出すサイクルとなったからだ。
強豪国側が言う「枠を拡大するなんて大会のレベルが下がるだけ」これ自体は正論である。ただし、その正論にこだわって24カ国、さらに遡って16カ国だけの大会だったら日本のような、めざましい成長をした国は生まれなかっただろうし、サッカーという競技自体もここまでのスケールメリットを活かした発展もなかっただろう。
狭い世界での限られた大会より、(肥大しすぎたという批判もあるが)大きな大会にする方が全体的なメリット・デメリットを踏まえれば望ましい。
こんな経緯があって日本は出場枠拡大の恩恵を大きく受けていたにも関わらず、日本のサッカーファンが「弱小国が参加するW杯は価値が下がる」と言い出したら、ドイツやブラジルのサッカーファンから「お前らこそW杯の拡大でチャンス掴んでのし上がってきた国だろう。弱小国だったくせに上から目線で何を言ってるんだ」、「本来であれば我々だけが参加していた16カ国の大会だった。本当は日本等の弱小国は出場できないのに広げてやったんだ」と強烈な皮肉を受けるだろう。
(3)大国がまさかの予選敗退・W杯不参加を防ぐ
先ほど、カタール、サウジアラビア、中国、アメリカといった経済大国の不参加を防ぐ話を書いたが、純粋な強豪国ですらW杯出場を逃すことはままある。特にヨーロッパの予選は厳しく、さらにその上をいく世界一厳しいアフリカの予選では名の通った国が毎回のように予選落ちする。
イタリアは2018年、2022年とまさかの2大会連続の予選落ち(その間、EURO2020では優勝しているので決して弱小国に成り下がったわけではない)。オランダも2002年、2018年とW杯出場を逃している。
こういった強豪国が厳しい予選の中で敗退していくのを防ぐという観点の対策で、出場枠拡大自体は安易だが理解できる。
「予選で苦しむような国をW杯本戦に出場させても結果は出ないだろう」、という反論が当然予想されるものの、その想定を裏切る事例が多々あるのも事実だ。
自分が一番強烈に記憶に残っているのは2002年日韓W杯におけるブラジルとアルゼンチン。
アルゼンチンは超豪華メンバーで南米予選の結果も完璧。13勝4分1敗とダントツの勝ち点43で首位通過。得失点差も含め文句なしの結果だった。しかし、W杯では死のグループに入ったこともあり、1勝1分1敗でまさかのグループリーグ敗退。
一方、ブラジルは南米予選で大苦戦。9勝3分6敗の勝ち点30の3位。4位パラグアイとは同勝ち点も得失点差で上回ったが、エクアドルの後塵を拝していた。ボリビアにすら負けたほどである。しかし、そんなブラジルはW杯本戦では7戦全勝で優勝を成し遂げる。
あれだけ予選で苦しんだ、快勝だった、そんなチームが本戦でガラリと変わったのが物凄く印象的で脳裏に焼き付いている。
他に印象的かつ有名な事例はW杯ではないが、1992年EUROにおける「ダニッシュ・ダイナマイト」デンマーク。
彼らはユーゴスラビアに競り負けて予選敗退で本大会に出場できなかったのに、ユーゴスラビアの制裁かつ出場資格取消で急遽EUROに繰り上げ出場したらまさかの優勝を成し遂げた。
そのため、ブラジルやデンマークのごとく予選で苦しんだ国・本来敗退した国をW杯本戦に出したら見違えるように結果を出す可能性も当然あるわけで、W杯出場枠拡大はその予想外の変貌に賭けた面白さにも繋がるとも言える。
以上、大きく3点の理由から、W杯出場枠拡大は一概に悪とは言い切れない。
自分も本音としては現行の32カ国開催が最も合理的な制度だと思うし、経済面優先より純粋に競技面を優先してほしいし、大国がたまに予選落ちすることで新たな新興国が出場する新鮮さ(逆に言うと常に強豪国が出場し続けるマンネリ回避)もあるし、日程的にもより開催期間が延びるし試合数が増えすぎてチェックしきれないし、これ以上の肥大化はやめてほしい。
とはいえ、批判し続けていても仕方ない話だ。何故さらなる拡大に至ったのか考察し、その上で、48カ国開催のW杯を楽しむマインドで臨みたい。 日本のように弱小国から中堅国へレベルアップする新たな国が生まれる土壌が用意されたわけで、よりサッカーを楽しめる状況になったとも言える。
W杯の出場枠拡大を嫌悪するか、それでも楽しめるか、考え方次第だ。
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ライター名:中坊
紹介文:1993年からサッカーのスタジアム観戦を積み重ね、2023年終了時点で962試合観戦。特定のクラブのサポーターではなく、関東圏内中心でのべつまくなしに見たい試合へ足を運んで観戦するスタイル。日本国外の南米・ヨーロッパ・アジアへの現地観戦も行っている(本記事は一週間後、中坊コラムに転載します)。
Note:「中坊コラム」 https://note.com/tyuu_bou
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