2001年ドラフト4位で西武ライオンズに入団し、8月30日に引退試合を行なった栗山巧選手が、同日の試合前に都内ホテルで引退会見に臨んだ。

栗山選手の個人ファンクラブ 「TEAM PR1DE ~栗山巧 OFFICIAL FANCLUB~」の会員の中から抽選で選ばれた630人がその様子を見守る中、栗山選手は現役時代の思い出やファンへの感謝の思いを明かした。

“ミスターレオ”がファンと共に迎えた選手生活最後の1日

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栗山選手のファン630名が見守る中、都内のホテルにて会見は行われた。

いよいよこの日がやってきた

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スーツ姿で登場した栗山選手は「『いよいよこの日が来た』という気持ちと、それでもまだ実感が湧かない気持ちが入り混じっています。一軍に帯同した時は『必ず打ってやるんだ』、『チームの勝利や優勝に貢献できるように……』との思いで、ここまでやってきました。二軍での過ごした日々も本当に学びが多く、これから一軍を目指していく選手たちと一緒にプレーできたことは何より僕の財産であり、勉強にもなりました」と、昨季終了後に引退を表明し、ファンと共に歩んできた日々を振り返った。

「当たり前にいるけど、特別な存在」中村剛也選手への想い

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そして会見では、2001年の同期入団で、25年間ともにチームを支えた中村剛也選手(写真左)についての質問も。

「特に話はしていませんが、一緒にドラフトで入ってきて、気付けば25年、同じチームで一緒にプレーしている。当たり前にいる存在ではありますけど、特別なチームメイトでした。僕とはプレースタイルも違いますし、最初の頃はそんなに思うことはありませんでしたが、長くプレーしていく中で、色々と参考にしながら、本当勉強させてもらった。これを『刺激し合った』というのかもしれませんが、そのような存在でした」と、来季26年目のシーズンに臨む43歳への思いを明かした。

ファンと共に2152安打を積み重ねた、素晴らしい25年間

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2004年に一軍戦初出場を果たし、プロ入り初ヒットを記録した栗山選手は、その後にレギュラーの座を掴み、2007年のシーズンオフには背番号が52から1に。

渡辺久信氏が新指揮官に就任した2008年には、片岡保幸(当時:片岡易之)と1、2番コンビでチームを牽引。両選手で最多安打のタイトルを分け合う活躍で、リーグ優勝と日本一に貢献し、ベストナインにも選ばれた。

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「最初の頃は、打撃で結果を残すためにひたすらバット振るだけでしたが、野球をしながら打撃を追求する日々は本当に楽しかったです」

毎年安定した打撃を見せ、着実にヒットを積み重ねた栗山選手は、2021年9月4日の楽天戦で、元同僚の牧田和久投手から安打を放ち、西武生え抜きの選手としては初の2000本安打を達成。プロ野球史上54人目の快挙で、名球界入りを果たす。

2019年シーズンに石毛宏典氏(西武でプレーした後に1994年オフに当時のダイエー、現在のソフトバンクにFA移籍)の持つ通算安打記録(1806安打)を更新した頃から、記録達成を願う機運は高まり、安打数を数える手作りのメーターを作成し、スタンドから掲げるファンの姿も見受けられるようになった。

画像: (C)JUN.S 栗山選手の安打数を数えるメーターを持ったファンらも、選手生活最後の瞬間を見守った。

(C)JUN.S 栗山選手の安打数を数えるメーターを持ったファンらも、選手生活最後の瞬間を見守った。

「(そのようなファンの姿を)本当に嬉しく思っていました。いつも順調にヒットを打てるわけではないので、時には『勝手にめくってくれへんかな……』と思うこともありましたけど(苦笑)。一本ずつ、一緒に積み重ねてこられたことは非常に嬉しく、素晴らしい時間だったんじゃないかなと思います。通算成績で見れば、かなりの数字を積み重ねてくることができましたけど、実際はうまくいかないことも多くあって。 スタッフさんや監督、コーチの皆さんの支えがあってここまでプレーできましたし、試合のたびにファンの方が球場に足を運んでくださり、名前を呼んでくれたりしたことがすごく支えになりました」と2152安打の道のりを振り返った。

ライオンズにはずっと受け継がれているものがある

画像: (C)JUN.S 2008年に日本一を達成した時の指揮官だった渡辺久信氏、入団時に二軍監督として出会った田辺徳雄氏が会見後に登場し、25年の現役生活を労った。

(C)JUN.S 2008年に日本一を達成した時の指揮官だった渡辺久信氏、入団時に二軍監督として出会った田辺徳雄氏が会見後に登場し、25年の現役生活を労った。

「ドラフトで指名していただき、入団してからは素晴らしい環境で野球に集中できたこと。 そしてライオンズが僕を必要としてくれたこと。さらには僕もライオンズが大好きで、ライオンズのユニフォームを着て、ファンの皆さんの前でプレーしたいという想いを毎年積み重ねたおかげで、25年間プレーを続けられたと思う」

自身の選手生活をそう振り返った栗山選手は、会見後に行われた現役生活最後の試合に6番指名打者で先発出場。

「明日以降のことは考えてないです。もう今日のことだけ。ベストなプレーはなかなか選びきれないですが、プロ入り初安打(2004年9月24日、対大阪近鉄)と、今季初ヒット(2026年4月18日、対北海道日本ハム)ですかね。でも、一番は引退試合で打つヒットになると思います」と意気込みを語った背番号1は、長谷川信哉選手の本塁打によるお膳立てで打席が回った8回裏の第4打席でセンター前ヒットを放ち、大歓声に見守られる中でベンチに。記録を2152安打でグラウンドに別れを告げた。

画像: (左から)炭谷銀仁朗選手、中村剛也選手らプレイヤー全員が栗山選手の背番号1のユニフォームで試合に臨んだ。中島宏之氏、片岡保幸氏、西武の日本一に貢献し、この日東北楽天の先発を任された岸孝之投手らと撮影に臨む。

(左から)炭谷銀仁朗選手、中村剛也選手らプレイヤー全員が栗山選手の背番号1のユニフォームで試合に臨んだ。中島宏之氏、片岡保幸氏、西武の日本一に貢献し、この日東北楽天の先発を任された岸孝之投手らと撮影に臨む。

試合は9回は「1番をつけることを嬉しそうにしていた」という甲斐野央投手が東北楽天打線を無失点に抑え、4対1で西武ライオンズが勝利。チームの歴史を語る上で欠かすことのできない特別な試合を、見事に白星で締め括った。

画像: (C) 引退会見を終えた栗山選手は、朝早くから会場に集まったファンらと記念撮影に臨んだ

(C) 引退会見を終えた栗山選手は、朝早くから会場に集まったファンらと記念撮影に臨んだ

「ライオンズには歴史があり、強い時期があり、言葉ではなかなか簡単に言い表せないですが、ずっと受け継がれているようなものがあると思うので、ライオンズのユニフォームを着ている僕の後輩たちには、ライオンズの良さや自分らしさを大切にしながら、全力で悔いのないようにプレーしてほしいです」

終盤に差し掛かったペナントレースを戦うチームは、レジェンドの思いと共に高みを目指していく。

取材:JUN.S

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