大分トリニータ

画像1: 大分トリニータ

大分トリニータ 2004 Puma アウェイ ユニフォーム

着用選手:マグノ・アウヴェス

画像2: 大分トリニータ

大分トリニータ 2024 Puma ホーム ユニフォーム

キットサプライヤー:Puma(1998年~)

1998年:JFL

1999年-現在:Jリーグ

1999年からJリーグで戦う大分トリニータは、その参入当時から変わらずPumaとのサプライヤー契約を継続中。JFL時代も含めると、今季でなんと27年目に突入となった。

クラブは1994年に創設されたが、その当時はまだ大分トリニティと呼ばれていた時代。JFL最後の1998シーズンからPumaと契約しているが、JFL時代は胸にスポンサーロゴではなく「Trinity」とデザインしていた。また、現在はキットカラーにイエローが使われているが、その頃はレッドだった。

上記画像2004モデルの胸スポンサー「Tribalkicks(トライバルキックス)」は、ミュージシャンの小室哲哉氏が設立した芸能プロダクションだが、スポンサー料の未払い問題が大きな話題に。そしてスポンサーと言えば現在は「ダイハツ九州」が不正問題で揺れに揺れている。

清水エスパルス

画像1: 清水エスパルス

清水エスパルス 1992-96 Puma カップ戦 ホーム ユニフォーム

着用選手:長谷川健太

画像2: 清水エスパルス

清水エスパルス 2024 Puma ホーム ユニフォーム

キットサプライヤー:Puma(1992年~)※1993-96年のリーグ戦モデルはMizuno

1992年-現在:Jリーグ(1992年はカップ戦のみ)

清水エスパルスはここまで紹介してきた他のチームとはケースが少々異なる。

クラブは1993年にスタートしたJリーグの栄えある「オリジナル10」。華々しく始まった当時のJリーグは、リーグ戦で着用するユニフォームについては全チームがMizuno製の着用と決められていた。

この理由については割愛するが、一方で並行して行われたカップ戦の場合はこの限りではなく、チームによってサプライヤーが異なっていた。清水ではカップ戦のサプライヤーにPumaを採用し、1996年まではリーグ戦でMizuno、カップ戦でPumaという時代が続くこととなる。

そして1997年からはサプライヤーをPumaに一本化。現在でも両者の関係は継続中だ。

純粋な「一社一筋」とは言えないものの、1992年を起点とするとパートナーシップは今年でなんと33年目。これはサッカー界全体を見渡してもトップクラスの契約期間である。

画像3: 清水エスパルス

現在では世界的にレアで懐かしい新品ユニフォームが揃う「Qoly × LFB Vintage」。懐かしいユニフォームやグッズは見るだけでも楽しいです。

This article is a sponsored article by
''.