ミロスラフ・クローゼ

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先日バイエルン・ミュンヘンの新しいアシスタントコーチになることが決まった元ドイツ代表FWミロスラフ・クローゼ。ワールドカップで最も多くのゴールを決めた選手であるが、代表デビューは24歳になってからだった。

クローゼのプロ生活は1998年にスタートした。カイザースラウテルンでプレーし始めたとき、彼は20歳だった。それからの5年で安定した得点力を発揮し、ヴェルダー・ブレーメンへと引き抜かれた。

それからの彼のキャリアは急速に上昇した。27歳のときに31ゴールを奪い、さらに29歳でバイエルン・ミュンヘンへと移籍。ブンデスリーガのタイトルを2回掲げることに成功した。

さらに33歳になってから新しい挑戦に歩みだし、イタリア・セリエAのラツィオへ。それからも見事なプレーを見せ、38歳で引退するまで信頼できるFWであり続けた。

リッキー・ランバート

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リッキー・ランバートのキャリアの頂点は、ワールドカップのメンバーとしてブラジルへ行き、さらに彼が愛してやまないリヴァプールへと加入できた2014年夏だろう。その時すでに32歳となっていた。

10代でリヴァプールの下部組織から放出されたあと、ブラックプールでプロデビュー。それからマックルズフィールド・タウン、ストックポート・カウンティ、ロッチデール、ブリストル・ローヴァーズと下部リーグを渡り歩いた。

2009年に当時3部にいたサウサンプトンへと加入すると、彼はエースとしてクラブを次々と昇格させ、プレミアリーグへとたどり着く。そして紆余曲折の末にようやく愛するクラブへたどり着いたのだった。残念なのは、ここから彼のキャリアは急降下してしまったことだ。

アントニオ・ディ・ナターレ

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キャリアの後半に最高のフォームを見せたイタリアのスターは、トーニだけではない。ディ・ナターレは209ゴールというセリエA史上最多得点者でありながら、非常に遅咲きで、タイトルに恵まれなかった選手だ。

彼のキャリアの初期はエンポリからのローンで下部リーグを渡り歩くものだった。初めてトップチームに残れたとき、すでに23歳となっていた。しかし2001-02シーズンにはセリエBで18ゴールを奪取する。

2004年にはウディネーゼに引き抜かれたが、その時は27歳。初年度には11ゴールしか奪えず、その決定力が開花したのは30代になってからであった。

そして35歳になってなお、セリエAで最も信頼できるゴールスコアラーであった。37歳でも14ゴールを決めるなどパフォーマンスは全く落ちることなく、信じられないプレーを見せ続けた。

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