リオネル・メッシのバルセロナ退団が電撃的に決まった。サッカー史上に残る選手がフリーで新天地を求めることになる。
ここでは、『Squawka』による「史上最高のフリー移籍」を見てみよう。
なお、メッシには移籍金はかからないが、PSGは4000万ユーロ(51億円)ほどの年俸を用意しているとか。
ズラタン・イブラヒモヴィッチ

2016年:PSG→マンチェスター・ユナイテッド
PSGを退団したイブラは、ジョゼ・モウリーニョに説得され、ユナイテッドで自らを試すことにした。
年齢などを不安視する声もあったが、開幕直後のゴールラッシュでそれらを払拭。ゴール欠乏に陥る時期もあったが、全コンペティションで計28ゴールをマークした。
ただ、4月に靭帯を損傷する重傷を負ったことでシーズンが終了。もしこの負傷がなければ、ユナイテッドにもう1シーズン留まったかもしれない。とはいえ、彼がフリー移籍で獲得できた掘り出し物であったことには違いない。
ロベルト・レヴァンドフスキ

2014年:ドルトムント→バイエルン・ミュンヘン
1年前にマリオ・ゲッツェを引き抜かれていたドルトムント。レヴァンドフスキもバイエルンへ移籍すると発表すると、サポーターたちは再び傷付いた。
その後、彼は世界最高の「9番」としての地位を確立。移籍1年目こそ25ゴールに留まったが、その後は大爆発。クラブ史上最高のストライカーをバイエルンは無料で連れてきたのだ!
ソル・キャンベル

2001年 トッテナム→アーセナル
ボスマン移籍(フリー移籍)において最も物議を醸したケースかもしれない。キャンベルがトッテナムを離れアーセナルに加入すると発表した際、フットボール界は仰天した。
スパーズサポーターから“ユダ”と呼ばれることになったが、2004年の『インヴィンシブル』において欠かせぬ存在となるなど、宿敵への移籍という決断は正しいものだったと証明された。
アーセナルでは一貫してレギュラーであり続け、2006年のCL決勝ではバルセロナ相手にゴールも決めた(試合には敗れたが)。
その数週間後に一旦は退団するも、数年後にアーセナルの守備陣が危機的状況に陥ると、アーセン・ヴェンゲル監督は彼を連れ戻すことにした。
エステバン・カンビアッソ

2004年 レアル・マドリー→インテル
理由:フットボール史上最高のフリー移籍かもしれない。2004年にマドリーを離れインテルと契約したカンビアッソは、以後10年に渡ってイタリアでプレーした。
セリエAでレギュラーを確保すると、その10年でスクデットを5度獲得。さらに、ジョゼ・モウリーニョのもとで、UEFAチャンピオンズリーグ優勝も経験。その後、2014年にインテルが新契約をオファーしなかったことで、レスターへと移籍することに。
とはいえ、サン・シーロでの活躍によって、世界で最も一貫したパフォーマンスを見せるMFのひとりとしての地位を確立した。カンビアッソはインテルにおいて本物のレジェンドになった。莫大な額を費やして獲得されたダメ選手ではなく(インテルはそういう選手が多いという揶揄)。
