イップスを経験し、わずか5年で自由契約に

写真:パーソルキャリア
――法政大学から2008年ドラフト3位で広島カープに入団した後、ルーキーイヤーの2009年には5勝をマークし、ご活躍されました。
新人として1年戦ってみて、「ある程度の成績が残せて、意外と何とかなるかも……」という手応えも感じていましたが、2年目以降は相手に研究されてしまったこともあり、どこに投げても打たれるようになってしまって。マウンドに上がることが次第に恐怖へと変わっていきました。
――やがてイップスを発症されることになります。
「投げるのが怖い」という気持ちから、やがて「投げるとどこに行くかわからない」状態にまでパフォーマンスが悪化してしまい、改善に励むことになりました。

広島時代の小松さん 本人提供
――どのように治療に取り組まれたのでしょう?
症状に向き合っていくうちに、「イップス」は心理的なダメージをきっかけに、身体の動きが崩れてしまうことにより起こるものだとわかりました。
最初はメンタルの快復を目指そうとして、あまり改善されなかったんですけど、身体の動きや使い方を修正していくと、元通りに投げられるようになりました。
知人を介してスポーツトレーナーに改善の相談をしてみたところ、「走り方や歩き方、筋トレの方法を見直すように」とアドバイスをいただき、二人三脚でパフォーマンスの向上に取り組みました。ただ、自分の投球に手応えを感じられるようになったのが、僕の現役最終年にあたる2013年だったので、「もう少し早くトレーナーさんと出会い、自分の投球を見せられたらな」という悔しさは残っていますね。

現役最終年の2013年は、徳島インディゴソックス(四国アイランドリーグplus)に派遣され、マウンドに上がった。 本人提供
――2011年からは育成選手に、2013年には徳島インディゴソックス(四国アイランドリーグplus)への派遣も経験されました。近年はドラフトで指名される選手も増えていますが、小松さんの印象を聞かせてください。
独立リーグは、プロ野球選手(NPB)を目指す多くの選手が挑戦している舞台です。自ら結果を出さなければ次につながらない環境だからこそ、自然とハングリー精神や主体性が養われるのかなと。1年目から活躍して、何としてもドラフトで指名されるんだ!」という気持ちで、全身全霊を尽くせる選手は向いている環境かなと思います。
野球で学んだ負けん気や向上心は、今も生かされている

写真:パーソルキャリア
――小松さんはその後、広島カープの広報などを経験し、2022年からパーソルキャリアで働かれています。前回のインタビューで「スポーツで培った人間性を社会に還元したい」とお話しされていましたが、選手時代に取り組んでいたものの中で、現在の仕事に役立っていることは何かありますか?
選手だった頃はずっと「野球ノート」を記録し、自分自身を振り返るようにしていた習慣や、競技を通じて学んだ負けん気の強さや向上心、そして困った時に誰かを助けるような振る舞いは、今の自分にも生かされているように感じます。
――現在の小松さんは、人材業界でスポーツビジネスの発展に貢献されていますが、今後の目標を聞かせてください。
個人的にはスポーツを通じて培った価値観を通して、世の中をさらに活性化させていけたらという気持ちを抱いています。
スポーツで生まれる活気は元気に溢れる社会を作り、それらはやがて経済成長や、世の中のポジティブに循環させることに繋がるでしょう。そのような流れが活発になれば、皆さんにスポーツの価値を感じてもらえるようになり、アスリートとして過ごした経験がさまざまな形で還元できる社会になると思う。
今はまだ、スポーツ選手の引退後について、不安やハードルを感じる方もいらっしゃるかもしれませんが「スポーツをやっていたからこそ、競技を離れても活躍できる」という社会を作っていきたいと思っています

写真:パーソルキャリア
小松剛(こまつ たけし) プロフィール
室戸高校・法政大学を経て2008年ドラフト3位で広島東洋カープに投手として入団。2009〜2010年に一軍で計30試合に登板し、その後は育成契約や徳島への派遣でプレーした後、2014年からはカープ球団の広報・マネージャーとして活動。2022年よりパーソルキャリア株式会社へ転職し現職。プロダクト&マーケティング事業本部 ブランド・マーケティング本部 ブランドエクスペリエンス統括部 スポーツビジネス推進グループに在籍している。
