現役時代は、『ジーニアス』と呼ばれる天才的選手として活躍した元日本代表FW柿谷曜一朗氏。
大阪出身で16歳の若さでセレッソ大阪とプロ契約するほどの逸材だったが、自ら素行不良だったと明かすなど紆余曲折を味わった。
その柿谷氏がテレビ朝日系列の『しくじり先生』に出演。セレッソへの愛憎入り混じる感情を明かしていた。
柿谷氏は2014年にセレッソからスイスのバーゼルに移籍。J2に降格したセレッソは2025年の昇格プレーオフであと一歩のところで昇格を逃すと、柿谷氏は古巣への復帰を決める。
「(セレッソが昇格できなかった時に)その瞬間になんでそんな気持ちになったのか分からないんですけど、めちゃくちゃ嬉しかったんですよ。
それは、J1に上がれなかった、ざまあみろじゃなくて…バーゼルでも試合に出れてないじゃないですか、じゃあ、俺が助けにいかなあかんっていう気持ちになるんですよ。
そのタイミングで(確執があったディエゴ・)フォルランも退団するとなったので、海外でくすぶっている僕にオファーが来たんですよ。
そのオファーにこう返しました。『俺をキャプテンにしてください、絶対にチームを勝たせます。全てを背負うつもりでこのチームをJ1に上げます、だから、僕に任せてください』」
セレッソに復帰した柿谷氏だが、26歳にして初めて靱帯損傷と剥離骨折という大怪我を負ってしまう。J1昇格がかかったプレーオフでは痛み止めを打って強行出場を直訴。
チームは昇格後に初タイトルを手にするなど飛躍するも、柿谷氏は怪我の影響でパフォーマンスが低下してしまう。
「(優勝したルヴァンカップ決勝で交代させられたことに対して)監督に不満を少しもらしてしまったり、セレッソ大阪の中心、(エース背番号)8番、キャプテンという自分のなかでこうありたいということが全然できなくなってしまったんですよ。
怪我の影響もありますけど、メンタルの弱さもあって…交代させられた不満を態度で見せてしまったり…チームでちょっと煙たがられるような存在にまたなってしまう…自分でみんなを遠ざけていた」
