「そんななかで僕にこんなものが届きます、殺害予告。
セレッソ大阪の8番としてプレーしていくうえで、一番みんなが理想とする森島(寛晃)さんっていう理想像があるんですけど、僕はサポーターのみなさんが知っている8番とは程遠い人間だった。
ずっとセレッソでやってきてる自分だけの自信、セレッソの8番になれて当たり前、愛されて当たり前というのがあって、それを色んな人にぶつけてしまった。
チームで戦っているのに自分だけチームの輪に入っていないといいますか。そういうのを明らかに画面上でも、ピッチ上でも、どこでもあらわにしてしまう状況になっていって。
サポーターからすると、あいつはなんで喜んでないんだ、セレッソの8番でキャプテンをしているのになんであんな顔をしているのか、なんであんなに不貞腐れた態度をとってんねんとか、いわゆる誹謗中傷ですね。
そんななか、僕、ガンバ大阪からオファーあったんですよ。これが一番の引き金でした、誹謗中傷だったり、殺害予告の…。
セレッソでうまくいってなくて、監督と全然うまくいっていなくて、僕はセレッソのことが好きなので、セレッソが一番嫌なことをしたろうと思うんですよ(苦笑)
ガンバがその時、めちゃくちゃ調子悪かったんですよ、ゴールとれる選手が欲しいということで、僕にオファーを出してきてくれたんですよ。
セレッソとはあと数年、1~2年の契約だったんですけど、ガンバはマックスの5年契約を提示してくれて。
(移籍の確率は)99%くらい(あった)。僕はガンバのフロントの人達と会って、契約の提示を受ける時に青のネクタイをしていって。ガンバの青のスーツを着て、青のネクタイしていって、そこでもし仮契約みたいな紙があったら、僕はたぶんサインしてたと思います。
殺害予告もそうですけど、住所特定とかも全然ありました。
こんなことってほんまにあるんやなって。ここに住んでてここやろ、何時に出てきた時にどついたるからなとか。
正直、おもしろがってたんですよ、最初は。あんまり気にしないほうだったんですけど、あまりにもひどかったので、どんどんメンタル的に追い込まれていくんですね…」
地元の宿敵であるガンバへ移籍する寸前だったものの、最終的には実現せず。
柿谷氏は、自分が中心にいない状態でセレッソが強くなることを認められず、その後、自らキャプテンから降りる決断を下すと、精神的に落ち込み、抑うつ状態にもなったという。
その後、名古屋グランパスと徳島ヴォルティスを経て引退。最後は妻である丸高愛実さんの言葉に救われたそう。
柿谷氏は番組の最後に涙ながらに思いを語り、出演者の新川優愛さんとゆうちゃみさんは思わずもらい泣きしていた。
筆者:井上大輔(編集部)



