サッカー界のトッププレーヤーの中には、A代表でのキャリアをある国でスタートさせながら、後に別の国へと代表資格を変更するという決断を下した者が何人もいる。

それは実はそれほど珍しいことではない。才能の片鱗を見せた瞬間から、あらゆる国々のスカウトが「代表資格の有無」を調査するものであるし、FIFAもA代表デビュー前や公式戦以外のみの出場であれば変更を認めているからだ。

今回は、近年に複数のA代表チームでプレーした経験を持つ7人の選手たちをピックアップしてみよう。

ディエゴ・コスタ(ブラジル→スペイン)

この種のトピックで最も有名なケースだろう。ブラジルで生まれ育ち、17歳でポルトガルのブラガへ渡り欧州でのキャリアをスタートさせたジエゴ・コスタ。

2013年3月にルイス・フェリペ・スコラーリ率いるブラジル代表として親善試合2試合に出場したが、同年スペインサッカー連盟が彼の獲得に動き出した。アトレティコ・マドリーでの活動を通じてスペイン国籍を取得していたコスタは、ブラジル連盟に対して「スペイン代表としてプレーしたい」という旨の手紙を送り、自ら道を切り開いた。

当然、スコラーリは激怒したが、なすすべはなかった。2014年1月、ビセンテ・デル・ボスケによってスペイン代表に招集された彼は、その夏のワールドカップにも出場している。

スティーヴン・コーカー(イングランド→シエラレオネ)

彼のキャリアパスは、おそらく今後誰にも塗り替えられないものだ。

リヴァプールではスクランブル時のセンターフォワードとしても起用されたが、本職はセンターバック。2012年のロンドン五輪に出場した後、ロイ・ホジソン政権下のイングランド代表で唯一のキャップを刻んだ。

その後はイングランドでのキャリアに見切りをつけ、2018年にはスコットランド代表入りの可能性を模索したが実現せず。最終的に2021年、自身のルーツであるシエラレオネ代表として国際舞台に復帰した。アフリカネイションズカップにも出場し、13キャップを数えている。

ウィルフリード・ザハ(イングランド→コートジボワール)

イングランドのユース各年代で常連だった天才ザハは、2012年11月にホジソン監督のもとでフル代表デビュー。親善試合2試合に出場した。

しかし、当時のFIFAルールでは「親善試合の出場のみでは代表チームに拘束されない」とされており、2013年以降イングランドから声がかからなかった彼は、2017年にコートジボワール代表への変更を決断。

ガレス・サウスゲート監督が引き留めに動いたものの、彼は「エレファンツ」という愛称をもつコートジボワール代表のメンバーに名を連ね、アフリカネイションズカップに参戦した。以来、36試合5ゴールという立派な数字を残している。

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