ファブリス・ムアンバ
アーセナルのユースで育成されたコンゴ民主共和国出身のMFファブリス・ムアンバ。若くしてバーミンガム・シティへ移籍し、そこで評価を高めたあと、2008年にボルトン・ワンダラーズへ加入した。
事故が起こったのは2012年3月。FAカップのトッテナム戦で、ムアンバは突然ピッチ上に倒れ込んだ。心臓の鼓動も呼吸も停止している状態で搬送され、極めて深刻な状況だった。
しかし懸命な救命処置の末、2日後に意識を回復。命を取り留めたこと自体が奇跡的とされた。ただ、医師の判断もあり、選手としての現役復帰は断念。24歳という若さでキャリアを終えることになった。
その後のムアンバは心肺蘇生やAEDの重要性を広める活動に関わってきた。ピッチに戻ることはできなかったが、指導者としての活動に加え、サッカー協会の役員として自身の経験を生かしている。
ダニ・カルバハル
レアル・マドリーで長くプレーしてきた右サイドバック、ダニ・カルバハル。決して派手な選手ではないものの、攻守両面の安定感と勝負強さで、スター揃いのチームを後方から支えてきた。
2017年9月にレアル・マドリーとの契約を2022年まで延長した直後、ウイルス性の心膜炎によって心臓に問題を抱えていることが発覚した。一時は長期離脱やキャリアへの影響も心配されたが、治療を受けて無事に回復。慎重なリハビリを経てピッチに戻っている。
その後もレアル・マドリーでチャンピオンズリーグ制覇に貢献し、スペイン代表としても重要な存在であり続けた。特にベテランとなってからも大舞台で高いパフォーマンスを見せ、心臓の問題を乗り越えたあともトップレベルを維持した選手の代表例と言える。
アンヘル・コレア
アトレティコ・マドリーで長く活躍したアルゼンチン人FWアンヘル・コレア。サン・ロレンソで台頭し、2014年にスペインへ渡ることになった。
しかし、アトレティコと契約を結んだ直後、心臓に腫瘍が見つかった。手術が必要となり、アメリカで治療を受けることに。もしそれがうまくいかなければ、トップレベルでのキャリアが終わっていた可能性もあったという。
それでもコレアは無事に復帰し、2015年にアトレティコでデビューを果たした。その後はディエゴ・シメオネ監督の下で、途中出場から流れを変えるアタッカーとして重宝され、ラ・リーガ優勝、ヨーロッパリーグ制覇などに貢献。アルゼンチン代表としても2022年のワールドカップ優勝メンバーとなった。
2025年には10年以上を過ごしたアトレティコを離れ、メキシコのティグレスへ移籍。心臓の腫瘍発覚から始まった欧州でのキャリアは、結果的に歴史に残る長い物語となった。
ルベン・デ・ラ・レー
レアル・マドリーの下部組織時代から次世代のスター候補と評価されていたMFルベン・デ・ラ・レー。ヘタフェで成長を見せたあと、レアル・マドリーに買い戻されるという経験をしている。
スペイン代表としてもEURO2008の優勝メンバーに名を連ね、将来を大きく期待されていた。しかし、レアル・マドリーに復帰してからわずか数か月後、2008年10月のコパ・デル・レイ、レアル・ウニオン戦で突然ピッチ上に倒れてしまう。
入院のうえ検査を受けた結果、心臓に重大な問題があることが判明。復帰を目指して長く検査を続けたものの、最終的には医師の助言を受け入れ、25歳で現役を引退することになった。その後は指導者の道へ進み、レアル・マドリーの下部組織などで経験を積んでいる。
