スペインのスーパースター、ヤマルが誕生したのは2007年7月のこと。まだあどけなさの残る年齢でありながら、彼はすでに世界のトップシーンでスーパースターとしての地位を確立した。

そして、なんと今大会のワールドカップに出場する選手の中には、ヤマルの生誕よりも先にプロのピッチに立っていた猛者たちが13名も存在するのである。

今回は『Planet Football』から「ラミン・ヤマルが生まれる前にプロデビューしていた13名のW杯戦士たち」をご紹介する。

クレイグ・ゴードン(スコットランド)

プロデビュー:2001年9月

このリストの筆頭にクレイグ・ゴードンの名があるのは、どこか現実離れした感覚さえ覚える。彼がカウデンビースでプロデビューを果たしたのは2001年9月。ラミン・ヤマルがこの世に生を受けるまで、まだ6年近くもあった頃の話だ。

道のりは決して平坦ではなかった。深刻な怪我によって何度も現役続行の危機にさらされたが、彼はその都度、不屈の精神で這い上がってきた。スコットランド代表にとって、彼はプロ意識の象徴であり、その豊かな経験は今なお主要大会の舞台で大きな価値を持っている。

クリスティアーノ・ロナウド(ポルトガル)

プロデビュー:2002年9月

プロの舞台に足を踏み入れたのは2002年9月。それ以来、ロナウドはひとつのキャリアの中で、まるで何人分もの人生を歩んできたかのようだ。

10代のウィンガー、マンチェスター・ユナイテッドの超新星、レアル・マドリーの得点マシン、ポルトガルのキャプテン、世界的なアイコン、そして今なお決定的な瞬間を追い求めるベテラン。

多くのフォワードが衰退していく年齢を過ぎてもなお、彼は最前線に君臨し続けている。ポルトガルにおいて、彼はもはや単なる一選手ではない。フットボールの一時代を象徴する顔そのものだ。

エディン・ジェコ(ボスニア・ヘルツェゴヴィナ)

プロデビュー:2003年1月

エディン・ジェコがプロデビューしたのは2003年1月。ラミン・ヤマル誕生の4年以上前のことだった。それからしばらくして、彼はボスニア・ヘルツェゴヴィナが生んだ史上最高のストライカーへと登り詰めた。

190cm以上の長身を持ちながら、知性、強さ、動き出し、そしてフィニッシュの精度にもぬかりがない。クラブレベルではヴォルフスブルクで長谷部誠らとともにブンデスリーガを制し、マンチェスター・シティでプレミアリーグ王者となり、その後もローマやインテル、フェネルバフチェで重要な役割を担ってきた。

代表における彼の重要性はさらに大きい。キャプテンとして、スコアラーとして、そして若いサッカー国家の象徴として、彼は常に指針であり続けた。

ルカ・モドリッチ(クロアチア)

プロデビュー:2003年9月

ルカ・モドリッチがプロデビューしたのは2003年9月。ラミン・ヤマルが生まれるずっと前だが、彼は今でも「現在の選手」に見える。決して最も強く、速いミッドフィールダーではなかった。しかし、その知性が彼を誰よりも長くピッチに立たせている。

レアル・マドリーですべてを勝ち取り、クロアチアという小国を2018年ワールドカップ準優勝に導き、主要大会の常連へと変貌させた。

彼のキャリアの長さは、もはや芸術的ですらある。モドリッチはフットボールにおけるあらゆるシナリオを既に見尽くした者のような、静かな落ち着きを持ってプレーしている。

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