FIFAワールドカップは、サッカー界で最も優れた選手たちが集う「最高峰の舞台」と称されている。しかしながら、驚くべきことに一度も本大会のピッチに立つことができなかった伝説的な名手たちも存在する。
今回は『Football Faithful』より、「ワールドカップに出場できなかった5名のワールドクラスな選手たち」を紹介する。
アルフレッド・ディ・ステファノ
ディ・ステファノは、サッカー史上最高の選手の一人と見なされている。1950年代に欧州を席巻したレアル・マドリーのスターであり、黄金時代の中心にいた人物だ。
「ブロンドの矢」と呼ばれた彼は、レアル・マドリーで通算386試合に出場し308ゴールを記録。チャンピオンズカップ(現在のUEFAチャンピオンズリーグ)創設からの5連覇という伝説を築き上げ、なんとその全ての決勝戦でゴールを決めている。1960年の決勝、ハムデン・パークで行われたフランクフルト戦でのハットトリックは、今なお語り草だ。
さらに代表レベルではアルゼンチン、コロンビア、スペインの3カ国でプレーしたという、黎明期ならではの異例の経歴を持つ。
しかしながら1950年はアルゼンチンが予選を辞退、1954年はコロンビア代表での出場歴により資格なしと判定。スペインに帰化した後も、1958年は予選敗退、1962年は本大会直前の怪我で欠場と、最後までディ・ステファノのW杯の女神が微笑むことはなかった。
ジョージ・ベスト
「ワールドカップに出場できなかった最も偉大な才能」として、真っ先に名前が挙がるのがジョージ・ベストだ。
彼がプレーした北アイルランドは国際舞台では弱小国に数えられ、ベストがマンチェスター・ユナイテッドでバロンドールを獲得(1968年)した絶頂期にも、W杯の舞台に届くことはなかった。
彼は代表で37試合9ゴールを記録したが、クラブでの高いレベルと比較し、代表活動を「レクリエーション・サッカー」と揶揄したこともあった。北アイルランドが1982年大会の出場権を得た際、35歳になっていたベストをサプライズ招集する案も浮上したが、コンディションの低下や私生活の問題もあり、最終メンバーからは外れている。
