マツダ株式会社にて、広報業務と陸上部員の二足の草鞋を履いている臼井さん。2026年は飛躍の1年を見せる中、新たな「チャレンジ」をするという。」
「有名な選手」に一矢報いたい
臼井さんの一日の「ルーティーン」は、まず就業前に朝練をこなし、その後出社して9時から15時まで広報業務。そして終業後に、近くにある練習施設で練習となる。ちなみにこの施設は、地区最大のライバルである「中国電力」が保有している。
陸上部としての最大の目標は、先述した「ニューイヤー駅伝」。出場するためには、中国地区予選(11月開催)を突破しなければならない。また毎年6月にある「日本選手権」はまだ出場経験がないそうで、目下の目標は参加標準記録を突破することだ。
このことは見方を変えれば、臼井さんは「トップ層」に含まれないことを意味する。「勝つこと」はアスリートとしての最大の“アイデンティティ”であるが、それを“自覚”した上での競技生活を過ごしている。
「誰より速く、誰よりも強くってことだけ考えたら、自分の生活、練習だけに集中してた方が楽です。でも、メディアに出たからって 早くなれるわけじゃないので、そういう意味では、そういった活動をされている方はすごいなと。厳しい練習もしながら、空いた時間を使って活動をされているっていうのは、純粋に尊敬してます。陸上界の発展や、認知・ファン作りに貢献してしてくださっているっていうのは、 陸上に携わるものとして『ありがたいな』という視点と、一緒のレースになった時には、そういう選手に少しでも勝ちたいっていうのは、有名な選手だからこそやっぱりあります。尊敬しつつ、でも一矢報いたいというか、勝っていきたいですね」
実際それを感じさせる大会が、2026年1月18日に行われた全国都道府県対抗男子駅伝。マツダのお膝元である地元広島で開催される一大イベントだが、今回臼井さんは鳥取県代表で初出場を果たした。担当したのは最終7区だが、実はちょっとした「エピソード」が。
「実は土方さんも宮崎のアンカーで、しかもほぼ同じタイミングでスタートだったんです。ずっと話はしてて、走る前に『一緒になったら頑張ろうぜ』ぐらいで言われてたら、本当に一緒になりました」

2026年は都道府県対抗駅伝に初めて出場を果たし、土方英和との直接対決が実現(本人提供)
結果だが、臼井さんが20秒上回り、過去最高に迫る総合15位でフィニッシュ。
「大学時代は正直、自分が勝つなんて想像すらしてなかった選手。憧れの先輩とまたこうやって社会人になって、大きな舞台で一緒の区間を走れたことで、(陸上を)続けて良かったと思いました。同時にもう『憧れ』ではなく、自分が逆に憧れる立場としてやっていきたいなと強く感じました」
一方で、“土方先輩”も含めた敬意も忘れていない。
「箱根を走った人たちはそれだけで終わらずに、実業団入っても、自分の“IP”を使って発信したりとか、企業でPRしたりとかをもっともっとすべきだと考えています。苦労しているからこそ、それで応援したくなることになると思うので。華々しいところだけ見せるんじゃなく、挫折とか大変なところも見せる、そういったところをどんどんもっと発信してくれたらいいですね。『ニューイヤー』も、そういうのを含めて見ていただければ」
飛躍の2026年
入社6年目を迎え、チームでは副キャプテンを担うようになった臼井さんだが、2026年は飛躍を見せている。まず元旦のニューイヤー駅伝では、入社1年目以来に出場しアンカーを担当。そして先述の都道府県対抗駅伝と幸先のいいスタートを切った。

現在は陸上部副キャプテンをつとめる(本人提供)
次なる目標として「マラソン挑戦」を掲げ、来年2月に開催される延岡マラソンか、別府大分毎日マラソンのどちらかの出場を検討している。
「5000mとか長距離の中では“短い距離”の方が得意ではあるんですけど、陸上をやっていく中で『マラソンやってみたい』っていう気持ちは入社前からありました。長距離の面白さって、どんどん自分がコントロールできる距離が伸びていくというか。 練習を続けているうちに、中学校の時は3000mが主戦場だったのが、高校に入って5000m、大学で10000m、 そしてハーフマラソンで、残りがマラソン。やったことがないことに挑戦する面白さでも、残っているのが(マラソン)。ただ本当に厳しい世界というか、 一筋縄にはいかないなっていうのは、いろんな方に聞いて感じるので、しっかり準備した上で出たいなっていうのも思っていて。ようやく六年目にして、下準備というか、下地が出てきてきたかなっていうところです」
今回取材したのは4月下旬だが、この時点ではまだ1年近い時間があった。
「今はマラソンを走る大学生も増えてきたので、『マラソンはランナーとして成熟してから』みたいな“定説”はないですが、『42キロ走れちゃった』じゃなく、計画して、練習して、準備して。狙った記録を出すってなると、長期で計画立ててやっていくべきなのかなっていうのがあります。やってみないとわからない部分もあるんで、まずは来年走ってみてから、次はどこを目指してやっていくのか、どうなろうかっていうのは、走ってみないと見えない部分があると思うんですけどね」
また練習にかける負荷が大きい部分もあるという。
「私の場合はまず、『42キロ怖がらずに不安なく走れる』という状態を作りたいなと思っていまして。1回の練習だけでは(不安は)なくならないですし、たまたまできたとか、前半は良かったけど後半失速しただと、攻略できないと思うんで。まずはその距離に慣れていく、不安をなくしていくっていったところで、30キロ以上の距離をだいたい週に1回走っています」
言語化できる人間は少ない
インタビュー終了後は、場所を変えて練習を見学。パリっとしたオフィスカジュアルから、練習着を纏いトレーニングに勤しむ。内容は予め設定した距離でトラックを周回するという、いたってシンプルなものだ。周囲が閑散とした環境の中、ただ黙々と走る臼井さん。同様に他部員も練習に励んでいたが、やっていることに大差がない。

(C)向山純平
臼井さんによると、國學院大學時代には所属した体育学科で、スポーツを「球技系」「武道系」「表現系」といった分かれ方をしていたそうだが、陸上も表現系だったという。臼井さん自身「なんで?」と思ったそうだが、いざ練習風景を見てみると、身体全体を使って前に進むという、シンプルだが明確に表現をしていた。筆者を横切った瞬間をファインダーに納めると、その中の一枚は、まるで飛んでいるかのよう。

(C)向山純平
練習終了後、陸上部監督である増田陽一氏に話を聞いた。増田氏もまた、選手としてマツダに入社し、引退後もマツダ社員として監督を務めている。。臼井さんをはじめ、今シーズンをもって引退を表明した山本憲二主将など、箱根駅伝で走ったランナーを定期的に迎え入れている同部だが、その上で感じることがあるという。

陸上部監督の増田陽一氏(C)向山純平
「『自分』を持ったランナーは少ないですね。“今の子”は言われた通りのことはできますが、例えば『自分で考えてやってみなさい』と言うと、途端に何もできなくなる子が多くいます。これは『成績上位者』にも当てはまりますね」
その中で、臼井さんには違った印象を持つという。
「社業もありますが、自分の言葉を持っていますね。練習メニューにも『こういう目的ならこうしたやり方もあるんじゃないか』と意見をくれます」

(C)向山純平
いつか「一足」になるその日まで
日中は広報マン、終業後は陸上部ランナーと二足の草鞋を履いている臼井さん。現在の実業団選手では、社業は免除されて競技活動に専念するようなスタイルも多い中、マツダでは同様に社員として扱うことを企業として選択している。
「今チームとしても言われてるんですけど、私たちみたいに裁量を持って仕事を任せてもらいながら、競技でも高い結果を目標にしているチームもあれば、会社には所属してるけど、もうほぼプロみたいな感じで“(陸上)専門”でやられているチームも最近増えてきています。
学生目線からすると、そういったチームの方が夢見られがちだったりしますが、一方で引退した後を考えると、仕事をして、社内でもコミュニケーションを取りながら社会人経験を積みつつ陸上も本気でできるって、セカンドキャリアっていうところを考えると、いいチームというか会社かなとも思うんです」
良いとこどりともいえるが、だからこその難しさもある。
「やっぱり結果が出てないと、どっちも中途半端になっているようなチームにも見られるところで、いい部分もあるけど、結果にはよりこだわっていきたいというのが、チームで合言葉のように言われています。どっちも良さが分かって、どっちもリスペクトされる。そんな実業団になっていければと思っています。それもあって、発信もですけど、ビジネスマンとしても陸上でも活躍している『かっこいい人』みたいなのが理想ですね。
陸上界では、多くの選手が20代のうちに現役を退く。27歳の臼井さんも、“一足”になる日はそう遠くないのだ。
「(引退は)毎年考えます。今年最後かもというか、来年もずっと走ってるとは限らないなと。私は怪我が多かったので、治るのが遅かったらとか、チームの状況を見ても自分が抜けた方がいいのかもとか、そういうのは考えながらではいるので。
でも、そうなってもネガティブな理由ではしたくないなと思ってまして。広報の仕事も楽しいので、もっとやりたいから、陸上はここで区切りをつけようみたいな、やりきったってところで、ポジティブな理由で引退できたら幸せかなと」
プライベートでは結婚し、昨年お子さんも生まれているなど、大きな変化があった。
「子育てもしてると、なかなか自分だけに集中もできないっていうか。陸上だけ頑張ればいいわけでもないので、家族にも支えてもらいながら陸上をやっています。
『ごめん、ちょっと走りに行きたいから、疲れてるだろうけど子供の面倒見ておいて』みたいな日もあるので、今までは『仕事だから走る』『言われてるからやる』と考えて走る日もあったんですけど、子どもが生まれた今は、自分がやりたいからやるっていうようなマインドになっています」

いつか「一足」になるその日まで走り続ける(本人提供)
一般的にアスリートは、「自分が一番」という人間が多い。「勝つこと」が何よりの評価軸である以上当然の感覚ではあるが、臼井さんに限っては、それも内在しつつ、どこか俯瞰的な視野を持っている印象を受けた。
「そういう気持ちは絶対必要だと思うし、競技をやってる時は原動力になる時ももちろんあるんですけど、それが目的ではないって感じですかね。モチベーションの一つです。
自分が有名になりたいとか、もっと知ってほしいっていうのは正直ないですね。家族もできて、十分幸せではいるので。承認欲求はあまりないんですけど、会社や陸上部が盛り上がるのであれば、どんどんどんどん前に出ていきたいなと思っています」
現役陸上部員としては初の広報マンである臼井さんだが、部署全体では引退したOBも2名在籍している。陸上部全体で見ても「2人ともすごい活躍されてるので、すごく心強くなる」という存在で、身近なベンチマークだ。
「2人ともすごい活躍されてるので、そういった意味ではすごく心強くて、引退した後もしっかり会社の力として見てもらってるんだなというのは、見てると感じますね。自分もいつかは引退して、ただの社会人になる日が来ても、ずっとマツダで働き続けようと思っています。
(陸上選手として)今から自分が成長できるところは、経験値をどんどん上げて、自分だけじゃなく、周りの仲間とか、チーム外の選手とのコミュニケーションも取っていきながら、もっと『スペシャリスト』になっていく、知識の経験をつけていくことですね。
マツダの広報としては、『マツダってこんなにいい会社なんだ』というのを社会に訴えることというか、こういう社会だけどもっと良くできるよねっていう提言をもっともっとしていきたいなと思っています。個人では限界があるので、それを会社でやる、そういう社会になれるための問いかけとか、仕組みづくりや取り組みができたらいいですね」
自分を表現できる場所
國學院大學時代のエピソードも含め、臼井健太にとっての陸上は「表現」がキーワードという。
「走りを見ても一人一人違うじゃないですか?フォーム、レースの進め方、戦略的なところとか。それも含めた表現というか、プラス『人らしさ』が出てくるスポーツです。
勝ちもそこにこだわるために違ってきます。後ろからスタートするのか、自分はどんどんタイムを狙いたいから、前で引っ張って。ラストが得意だから、後ろで一人でも前を追っていく、もしくはロングスパートをかけて仕掛けるとか。そういうのは、その人らしさが絶対出てくると思うので、表現系のスポーツなのかなと。表情を見てても想いが伝わってくる時もありますし、外に出てくるスポーツですね。
そういう視点で見ると、ただ『速くなりたい』『強くなりたい』だけじゃなくて、自分はどんな陸上選手になりたいのか、も考えます。勝ち負けよりも「ここは先頭を走りたい」とか、譲れない信念にこだわる時もあります。駅伝とか個人レースで、そういった『自分らしさ』を出しながら勝てるように、体と心の強さをもっとつけていきたいです」
取材・執筆:向山純平



