ジュゼッペ・ベルゴミ

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イタリア代表:81試合6得点(1982~1998年)

ジュゼッペ・ベルゴミは、20シーズンに及ぶ現役生活のすべてをインテルへ捧げた「ミスター・インテル」だ。口ひげを蓄えた風貌から、若い頃から「オジさん」の愛称で親しまれたという。

1982年ワールドカップではまだ18歳ながら準決勝と決勝に出場し、イタリアの優勝に貢献。決勝では西ドイツのカール=ハインツ・ルンメニゲを封じた。

1992年を最後に代表から遠ざかったが、1998年ワールドカップを前に34歳で電撃復帰。負傷者の代役として招集されると、決勝トーナメントでも安定したプレーを披露した。

クラブではインテルで公式戦700試合以上に出場。セリエA優勝やUEFAカップ制覇を経験し、移籍せずに一つのクラブを守り続けた。

2026年2月には長年のライバルであり盟友でもあったバレージ氏とともにミラノ・コルティナ冬季五輪の聖火を運んでいる。

パオロ・マルディーニ

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イタリア代表:126試合7得点(1988~2002年)

「サッカー史上最高のDFは誰か」という問いに、パオロ・マルディーニと答える人は少なくないだろう。偉大な父チェーザレもプレーしたミランでデビューし、25シーズンにわたって一つのクラブだけで戦った。

キャリア前半は左サイドバックとして活躍。スピード、対人守備、攻撃参加、両足の技術を兼ね備え、世界最高の選手と評価された。

さらに年齢を重ねるとセンターバックへ移り、フランコ・バレージの後継者として最終ラインを統率した。多くの名ディフェンダーとともに形成した守備陣は、いつの時代もクラブサッカー史上最強クラスだった。バレージの引退後は主将となり、次の世代のネスタやカフーらもまとめ上げた。

現役最後の2009年まで世界最高水準を保ち、ミランで公式戦900試合以上に出場。7度のセリエA、5度の欧州制覇を経験した。引退後はミランのテクニカルディレクターとしてチーム再建に関わり、2021-22シーズンのリーグ優勝にも貢献している。

2026年7月にはイタリアサッカー連盟の技術部門責任者に就任したものの、代表監督人事をめぐる混乱を受け、わずか16日ほどで辞任したと報じられている。

※選出基準は、各選手の実績に基づきながら筆者またはメディアの主観的判断も含んでおります。

筆者:石井彰(編集部)
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