転機を経験して大きく若返ったイタリアの名門、ACミランが乗り込んだのは世界で最も余所者に厳しい場所の一つだった。その名はカンプ・ノウ。「城の国」を意味するスペイン語から派生したと考えられている、スペイン北東部のカタルーニャ州に属するバルセロナにあるこのスタジアムは約10万人の観客を収容することが可能な世界最大規模の「夢の劇場」だ。戯曲のようなパス回しに魅了された観客たちによる後押しだけにとどまらず、バルセロナのアイデンティティとなる華麗な攻撃サッカーを体現するために計算しつくされたグラウンドは常にアウェイに乗り込む相手にとって非常に厄介な問題として襲い掛かるのだ。
ホームであるミラノの地で2-0の番狂わせを演じたACミランの若き指揮官であるマキシミリアーノ・アッレグリは、イタリアで魅力ある攻撃サッカーを演じたペスカーラの名指揮官ジョバンニ・ガレオーネの意志を受け継ぐ三本の矢でも、最も安定と調和を生み出す術を知り尽くしたハイブリッド的な存在である。三本の矢を構成する残りの二本、インテル・ミラノに抜擢されたジェンピエロ・ガスペリーニはその哲学3‐4‐3の定着に苦しみ、最も「革命的」な矢とも称されたマルコ・ジャンパオロは未だプロビンチャでの成功に留まっている。
アッレグリを作るのは、「カルチョの伝統」と「革命者の野心」。カテナチオと攻撃サッカーを兼ね備える形を作り上げようとしている若きイタリアの指揮官達の中でも、彼とユベントス指揮官アントニオ・コンテこそが低迷に喘ぐカルチョ全体にとっての旗手である事は間違いない事実である。マキシミリアーノ・アッレグリが背負うのは「カルチョ復権」であり、「ACミラン復権」であった。ロッソネロを背負う重みを受け止め、それを支配する。人心掌握に優れるだけでなくチーム構築でも高い評価を受ける男にとって、時代に作られた王者バルセロナですら1stレグでは「手の届く」相手でしかなかったように見えた。
逆にバルセロナも、その圧倒的なリーグでの成績の一方「手負いの獣」であった。今季はベップに代わり指揮官に就任したティト・ビラノバが唾液腺腫瘍の再発で療養を余儀なくされると、ビラノバの下でアシスタントとして働いていたジョルディ・ロウラが暫定監督として就任。予想出来ない様々な問題が、次々と彼らの実力を試しているかのように襲い掛かった。
そして1stレグ、マキシミリアーノ・アッレグリに指揮官としての経験の差を見せつけられたかのような敗北を喫した上に、ジョゼ。モウリーニョが指揮する最大のライバルである「白い巨人」レアル・マドリードには2戦連続で葬り去られるという失態。王者故の悩みか、たった3試合の負けであっても世界中の新聞が「悪夢」、「黄金時代終焉か」などと書き立てた。そういった苦境が、彼らの集中力やモチベーションを極限まで高めていった事は想像に難くない。美しく染まった聖地で、殉教する訳にはいかないバルセロナは「飢えていた」。
“For honour travels in a strait so narrow where one but goes abreast.”
イギリス、ルネサンス期を代表する劇作家であるウィリアム・シェイクスピアが描いた悲劇「トロイラスとクレシダ」の第三幕・第三場から抜粋した言葉である。日本語に直せば「名誉の道は非常に狭く二人並んで通るほどの余裕はない」といった風になるだろうか。FCバルセロナとACミランという若き指揮官達によって率いられた2チームの邂逅は、筆者にとってはこの言葉を思い出させることとなったのだった。
さて、まずはお互いのスターティングメンバーを見ていくことにしよう。
好調のFWパッツィーニを欠いたミランは、代わりに若きフランス人FWニアンを起用。基本的にはバルセロナを葬った際のメンバーを中心にしながら、中盤には運動量が自慢のフラミニを起用した。バルセロナはCBにマスチェラーノを起用し、FWにはビジャを抜擢。1STレグのやり方を繰り返そうとするACミランに対してバルセロナはあらん限りの手練手管で襲い掛かった。
試合は全く同じような形でスタートする。
1stレグと同じようにシャビにある程度持たせながら、バイタルエリアへのパスを守備意識の高い3センターでシャットアウト。DFは高いラインを敷いてプレッシャーを強めながら、バルセロナ最高の指揮者であるシャビにボールを入れさせる。そして彼のみが狙える縦へのスルーパスを誘い出してカットすると間髪入れずにカウンターを狙うというものこそ、アッレグリが書き上げたシナリオだった。(詳しくは1stレグレビューをどうぞ)
シャビを封じるのでは無く、シャビに持たせながら彼の縦パスを逆に利用するというアッレグリが撒いた罠はミラノでは素晴らしく機能した。これは同時に、メッシ対策としても威力を発揮したからだ。アンブロジーニ、メクセスといった強烈な肉体を持ったファイターがお互いに近い距離を保ちながら、メッシを何度となくシャットアウト。試合後に「ジャガイモ畑」とバルセロナ側が非難したサンシーロのピッチに、何度となく世界最高のフットボーラーは屈辱的に転がされ続けた。まるで小さな鳥が、仲間のいる群れから孤立させられて翼を捥ぎ取られて地面に落ちていくように。
療養中ながら度々ロウラと連絡を取っているティト・ビラノバの入れ知恵だったのか、それともジョルディ・ロウラ本人が練り上げた策なのかはわからないが、バルセロナは組み立ての形式を大きく変えてくる。ボールが生き物のように走る聖地カンプ・ノウだからこそ、思い切った仕掛けが出来たという側面もあったのかもしれない。まず図を見ていただこう。
前回4バックのCBがサイドにポジションを取ることで、ブスケツの落ちるスペースを作りだして組み立てをしていたところを変更。4バックを横にずらすような形で組み立てをしていったのである。これによって3つのメリットが生まれた。
1つは高いパス能力を持つ「バルセロナの心臓」セルジ・ブスケツをより高いポジションに持っていくことが出来たことである。彼はマークが軽減されていたシャビと、何度となくポジションチェンジを繰り返し先制点に絡むパスをも供給した。
そして、2つ目のメリットは3センターでは補えなかったスペースのカバーを高い身体能力でこなしていたケビン・プリンス・ボアテングをジョルディ・アルバの位置をCBの位置に下げるという仕掛けによって高い位置に引きずり出したことである。こうなると、中盤がどうしても薄くなってしまいミランとしてはシャビ、イニエスタ、ブスケツという世界最高鋒のトライアングルに中盤を制圧されてしまうことになった。
3つ目は、数的有利を作った3バックでの組み立てをしていく中で何度となくピケがボールを運んで高い位置を取る事が出来るようになったことである。アウベスが高い位置にポジションを取ってエル・シャーラウィを引き付けることによって空いたスペースに彼がボールを運べるようになった事で中盤のパス回しをサポート、コンパクトにゲームを運ぶことを助ける役割を担った。そういった理由により、シャビを囮にしながらコンパクトに全体を押し上げてボールを走らせるとイニエスタやブスケツにボールを供給。エル・シャーラウィのマークであるアウベスも果敢に突破を仕掛ける事によって、サイドの選手たちによる守備でのサポートが無くなってしまいミランの3センターは左右に走らされ続けた。こうなってしまえば、ボールを高い位置に出すチャンスは自然に増加してくる。そこで彼らが起用したビジャが大きな意味を持ってくる事になった。
ビジャが、ミランのCBであるメクセスを裏を狙う動きを見せながら牽制。ペドロが逆サイドに流れてスペースを作りながら相手守備陣の混乱を誘った。そうなってしまえば、世界一のアタッカーであるメッシを止める術はACミランには残されていなかった。
密集地に走りこんで5人に囲まれながらも一瞬で足を振り抜いて先制ゴールを奪い取ると、ショートカウンターからメクセスとコンスタンの間に走りこんで2点目を奪って見せた。ビジャの投入によって、メクセスやサパタを何度となく牽制しながら守備陣に大きな混乱を招く事が可能になったのである。ポゼッション率が高まって攻める時間が増加したことによって体力も温存でき、バルセロナ得意の鋭い前プレも発動。モントリーヴォを除けば、プレッシャーの中で高精度のボールを蹴ることが出来ないミラン守備陣に何度となく「ボール狩り」を仕掛けた。頼みのエル・シャーラウィですらアウベスの対処に追われてしまう。恐らく唯一の突破口であったと思われる、本職は中盤ながらCBを任せられたマスチェラーノを狙って一度ニアンが決定的チャンスを作るも惜しくもゴールはならず。凄みを増した世界最高のポゼッションは若きFWに二度目のチャンスなど与えてくれなかった。
しかしACミランは、多くの若手を獲得しており伸びしろは十分なチームである。今回はCLの規定上出られなかった怪物マリオ・バロテッリ、バルセロナ育ちのボージャン・クルキッチ、フランス産の有望株ニアン、新たなタソッティと呼ばれるマッティア・デ・シリオ、イタリアで最も期待されるドリブラーであるエル・シャーラウィ…ユースにはモロッコのメッシと呼ばれる、ボールスキルの天才ハキム・マストゥールが着々とデビューの時を待つ。彼らはこの闘いで得た様々な教訓を得て、より魅力的でエネルギッシュなチーム作りを目指していくはずだ。「転んでもただでは起きない」名物副会長アドリアーノ・ガッリアーニが企むACミラン復権において、この健闘も後々必要だったものになるかもしれない。
マキシミリアーノ・アッレグリが1STレグで見せた「カルチョ式」バルセロナ対策は、多くのチームに対して大きなアイディアをもたらしたはずだ。それでも、FCバルセロナはヨーロッパでも圧倒的なそのポゼッションから創出される多彩なパターンでの攻撃と「バロンドーラ―」リオネル・メッシを最大限に生かす様々な手札を持って強固な組織を葬り去ったのだった。様々な策を持つ知将アッレグリですら、現在のミランでは二の矢、三の矢を用意する程の余裕は無かったのである。
“For honour travels in a strait so narrow where one but goes abreast.”
若き二人の指揮官は、お互いにその個性を全力でぶつけ合った。甲乙付け難い2戦だったが、CLで先に進めるのは1チームのみ。狭い道を進むバルセロナには、この先もアッレグリの意志を継いだ欧州屈指の強豪が襲い掛かるはずだ。しかし、ティト・ビラノバの復帰も近いと囁かれる欧州最大勢力は物怖じする気など微塵もない。欧州最高峰の強豪達が正面からぶつかり合う、骨の軋むようなCLの終盤戦を満喫したい。
筆者名:結城 康平
プロフィール:サッカー狂、戦術オタク、ヴィオラファンで、自分にしか出来ない偏らない戦術分析を目指す。
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