キックオフのホイッスルが鳴り響く直前、その男は静かに胸に手をやった。

そして、一言二言つぶやく。まるで、再びこのピッチに立てるまでになった感謝の意を、神に告げているかのように。

フランス代表に復帰したアビダル

8月14日に行われたベルギー対フランスの国際親善試合において、エリック・アビダルが約1年半ぶりにフランス代表としてピッチに立った。アビダルは昨年3月、肝腫瘍の治療のため約1年間の治療を終え、見事402日ぶりに復帰。そして今回、ディディエ・デシャン監督はフランス代表のメンバーにアビダルを招集し、代表チームでも奇跡のカムバックを実現させたのであった。

この日の親善試合は0-0のスコアレスドロー。強豪ベルギーをアウェイに迎えたフランス代表だったが、アビダルは先発で起用された。アビダルは結局この試合、ベルギーに得点を許すことなく90分間安定したプレーを見せ、相変わらずのポテンシャルの高さを披露したのであった。

アビダルといえば、リヨン時代から類まれな身体能力に加え、抜群の読みで幾多のストライカーを黙らせてきた能力の高いストッパーであった。バルセロナに移籍してからは隙を突いた攻撃参加を随所に見せ、チームの3冠にも大きく貢献。そんな順風満帆なサッカー人生に、突如悲劇がやってきたのだった。

サッカー選手にとって、突如生死に関わる病名を宣告をされるというのはどれほど辛いことだろうか。アビダルの場合、二度目の手術の時点での目標はあくまで「日常生活への復帰」であり、ピッチ上に立つことができたのは奇跡であったとさえ言われている。

アビダルはそういった病状から、2度の復帰を果たしたのだ。肝腫瘍という病に2度勝利したという事実は、これまでアビダルが獲得してきた数々のタイトル同様に素晴らしく、尊敬すべき功績であろう。アビダルはこの闘病生活について、「再びピッチでプレーするということが唯一で最大のモチベーションだった」と語り、懸命なリハビリ生活を送った。

アビダルは今シーズンから、フランスのモナコに活躍の場を移した。開幕戦となったボルドー戦ではキャプテンマークを巻き、こちらも90分間フル出場。これから新時代を築こうとするチームの中心として活躍が期待されている。

はたして、2014年ブラジルワールドカップの舞台にアビダルは立つことができるのだろうか。優秀なディフェンダーが揃うフランス代表だけあって、メンバー入りが必ずしも保証されているわけではないだろう。

しかし、これだけ逆境に強い選手がそう簡単にこのミッションを諦めるわけがない。そして、今回のアビダル招集には、アビダルにもブラジルのピッチに立つ資格があるということを、デシャン監督は間接的に伝えたかったのではないだろうか。

10-11シーズンのUCL決勝。ウェンブリーの表彰台で高らかにビッグイヤーを掲げたアビダルの姿は、まさに勇敢という他なかった。アビダルには、常に勇敢であってほしいと願う。それが、同じ病で苦しむ世界中の人々に計り知れないほどの支えになるはずであるから。