デイヴィッド・モイーズ解任のニュースは、私をしばらく複雑な気分にさせた。しかし、気持ちに整理がつくと、その後に残ったのは怒りに似た感情だった。もちろん彼のキャラクターやパーソナリティーに対するものではなく、プロフェッショナルな世界における結果、それが全てだった。レアル・マドリーでファビオ・カペッロやジョゼ・モウリーニョが批判された理由の1つは、彼らが世界最大のクラブの“スタイル”に反し、守備的な戦術を敷いたからであろう。バルセロナやアヤックスにおいて、リアクションフットボールが毛嫌いされるように、モイーズはマンチェスター・ユナイテッドのそれを見失った。パスを細かく繋ぎゴールを目指す訳ではない、強固な守備ブロックから必殺のカウンターアタックを見舞う訳でも、ハイポストへの正確なフィードが攻撃の合図になる訳でもないが、“夢の劇場”には常にドラマチックな“勝利”という名のスタイルが存在していたはずだ。稀代の名将からの“引き継ぎ”は失敗に終わったのだ。

  感情に火がついて前置きが長くなってしまったが、今回のコラムでは流れの通りユナイテッドについてお話しようと思う。しかし、それはマネージャーに関することではない。それは私が意見することではないだろう(もちろん希望や意見はあるが)。今回のトピックは、ユナイテッドにまつわる2人のプレーヤーについてである。

デビュー戦

  実に月並みな感想だが、あれが11年前の出来事だと思うと、時が経つのは早いものだ。晴れ渡ったデイゲーム、プレミアリーグ開幕戦を迎えたオールド・トラフォードのピッチ、私は彼のデビュー戦を観た。紙面で眺めていただけのその男が、トリッキーなフェイントと鋭い切り返しでボルトンディフェンダーを翻弄するその姿に、私の心は鷲掴みにされた。スゴいやつが来たぞ。クリスティアーノ・ロナウドは18歳だった。

  月日は流れ昨年5月、サー・アレックス・ファーガソン最後のリーグ戦。ホーソンズのアウェーベンチに、アドナン・ヤヌザイは座っていた。ロメル・ルカクの爆発でゲームがまさかの打ち合いに転じたため、彼のデビューは3か月後におあずけとなったが、私はファーガソンの“置き土産”に嬉しさを覚えた。トーマス・ソープと共にヤヌザイの名はユースチームの枠を越えて広まっていた為、私は彼を知っていたのだ。評判通り、クリスタル・パレスとのリーグデビュー戦で、彼は衝撃的パフォーマンスを披露する。長身で線の細い体躯、トリッキーなプレーと物怖じしない姿勢、独特のボールタッチ、整った顔立ち、シアター・オブ・ドリームス、晴れたデイゲーム、18歳…。私はあの日のロナウドを思わずにはいられなかった。

度胸

  私はヤヌザイをロナウドと重ねることを止められない。トリッキー・物怖じしない、と書いたものの、彼らはそのプレーの表情すら似通っている。利己的・エゴイストと言われるほどに自分でボールを運ぼうとする。1に突破、2に突破を試みる。それでダメならパスを出すのだ。“ショーポニー(パタパタと動く仔馬の見せ物)”とは、当時のロナウドに付けられた愛称のひとつだ。脚をブンブン振り回してかけるフェイントに対して、地元ファンが愛を持って揶揄したものあった。そして敵を煽るようなボールの持ち方に、熱くなったディフェンダーから強烈なタックルを見舞われて揉み合いになることなど、当時のゲームでは“お約束”となっていた。決して“効果的”とは言えない、ショーじみたプレーにフラストレーションを感じる反面、それを補ってなお余りある魅力と期待がロナウドにはあった。

  ヤヌザイも負けてはいない。幼い顔立ちからは想像出来ないほど、彼も強気で好戦的な青年であることは、ここまでのシーズンを観てきた皆々様もお気づきだろう。昨年10月に行われた9節のストーク戦だ。終了間際に敵陣サイド奥でボールキープに入った際、複数のストークディフェンダーから強烈なタックルを受け、ヤヌザイが激高して一人でつっかかっていたシーンを思い出す方がいるかも知れないが、私のお気に入りのシーンは7節のサンダーランド戦にある。ヤヌザイの2得点で勝利した彼のハイライトに当たるゲームだ。ユナイテッドのコーナーキックの場面、おそらくショートコーナーの指示があったのだろう、コーナーフラッグ付近にはルーニーとヤヌザイが立っていた。軽く転がしてプレーを始めようと、ルーニーがゆっくり助走をとる。すると中の状況を見たヤヌザイは突然思い切りライナー性のクロスを上げたのだった。危うくルーニーの右足もろとも蹴り上げるかというシーンにルーニーは声を上げていたが、ヤヌザイは軽く振り向いただけで全く意に介さない素振りを見せていた。私は嬉しかった。理由を語る必要はないだろう。あのウェイン・ルーニーが苦笑いを浮かべ、自陣に勢いよく引き返していた。

努力と才能

  ロナウドとヤヌザイのファーストシーズンのスタッツは酷似している。センセーショナルなデビュー戦から、徐々に鳴りを潜めていき、シーズン終盤にまたすこし盛り返した印象であった。しかし、前者は翌シーズンから大きくステップアップし、06-07にはリーグ最高のプレーヤーとなる。

  “天才”と聞いて、いくつかの名前と顔が浮かんでくるが、ホセ・アントニオ・レジェスを初めて見た時に酷くショックを受けたのを覚えている。だがロナウドからはそれを感じなかった(完全に私の主観だが)。才能に恵まれていたことは確かだが、それはアントニオ・カッサーノやレドリー・キング、セスク・ファブレガスやレオ・メッシの様なショッキングなものではなかった。彼は、努力を惜しまなかった。私が小学生の頃、ロナウドのトレーニングメニューを見て気分が悪くなったが、数年後の中学に上がる頃には、その程度は増していた。“クライ・ベイビー”は常人離れしたプロフェッショナルと共に、成功の階段を駆け上っていたのだ。

  ダラダラと執筆しているうちに(これを書き始めたのは、モイーズ解任の随分前に遡る…)、あるニュース記事に出会った。ヤヌザイがロナウドを目指して肉体トレーニングに励んでいる、という内容のものだった。私だけがこのことを考えていたわけでは決してないが、私の目に狂いはなかったと感じた。そしてそれを倍増させたのは、私がヤヌザイに、天才の気質を感じていたからだ。“鬼に金棒”とはこのことではないか?ヤヌザイよ、そのまま道をひた走れ!

世界一

彼らに共通する発言と共に、このコラムを終えることにする。ユナイテッドのオフィシャルHPに度々アップされるインタビューを見れば明らかだが、彼らのキーワードこそ、この章に銘打たれた“世界一”である。ことあるごとに発せられるそのフレーズを、フォア・ザ・チームの精神が欠落しているという見方で解釈するのは適当ではないだろう。彼らにとってのそれは、“世界一のチーム”を引っ張る自分は、同じく世界最高のプレーヤーで“なければならない”という、逆算を重ねた先の自身のビジョンであるはずだ。事実、現在のロナウドがその称号を手に入れたことに異論を唱えることは難しく、若きベルギー人はその可能性を大いに感じさせる。誰が正式に次の指揮官に任命されるかはわからないが、私はこの若者に、大いに責任を持たせてくれる人物を心から望む。サー・アレックス・ファーガソンが、かつてロナウドにしたように。そして願わくば、栄光の背番号伝説を、アドナン・ヤヌザイに継承させて欲しい。彼らは同じ、2月5日生まれ。2+5=7。デイヴィッド・ベッカムは5月2日生まれ…。もはや全く論理的ではない…ご察しの通り、私はこの男に夢中である。

【データはOptaより】


筆者名:榎本耕次

プロフィール:90年代後半から2000年代初期にかけてフットボールに目覚める。マンチェスター・ユナイテッド一筋。ユナイテッド、プレミアリーグ関連の記事を中心に、自由なトピックで執筆中。一番好きな選手はロベルト・バッジョ。アイドルはデイヴィッド・ベッカム。あまり大きな声では言えませんが、正直圧倒的にイングランド代表を応援しています。なにかあればTwitterアカウント: @KJE_Footballまで。異論反論大歓迎です。
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