夏の補強期間、間違いなく「赤い悪魔」はプレミアリーグで最もメディアを盛り上げたチームだった。
ここ数年、厄介な隣人「マンチェスター・シティ」の莫大な資金力の陰に隠れ、相対的に大人しく見えていたチームはもういない。ブランド力だけでなく、資金力でも世界有数のクラブであることを証明するかのように、マンチェスター・ユナイテッドは容赦なく市場を席巻した。
アンヘル・ディ・マリア、ラダメル・ファルカオ、ルーク・ショウ、ダレイ・ブリント…。ほとんどの選手達がヨーロッパの市場では人気銘柄とされ、他のチームとの争奪戦も少なからず存在した選手たちである。ディ・マリアはPSG、ラダメル・ファルカオはレアル・マドリード、ダレイ・ブリントはバルセロナ、ルーク・ショウはチェルシー。錚々たるビッグクラブとの争奪戦を制することが出来るだけの力が十分に残っていることを誇示するかのように、マンチェスター・ユナイテッドは優秀な選手たちをチームへと加えていった。
筆者は昨年、地元であるグラスゴーに凱旋したサー・アレックス・ファーガソンの講演会に行ったことがあるのだが、人の纏う空気というものを明確に感じたのは初めてだった。恐らく、新監督のルイス・ファン・ハールも伝説的なサー・アレックス・ファーガソンのように、見る者全てが息を呑むような空気を纏う男であるはずだ。指揮官としてのトップクラスでの十分な経験と、「自分を神だと思っている」とまで言われたことがあるほどの圧倒的な自己への信頼は、ビッグクラブを率いる男に必要なカリスマとなり得る。
デイビッド・モイーズが海千山千のトッププレイヤーを率いるには優しすぎた一方で、この男には「肩書き」は通じない。イングランド代表の希望として期待される1人であるウェルベックに失格の烙印を押し、新時代のフットボールを探求しようとしたサー・ファギーの忘れ形見である香川真司も容赦なく放出した。ヨハン・クライフをして「軍隊的」と呼ばれる男が見据えるものは、アレックス・ファーガソンの影響の残っていたマンチェスター・ユナイテッドを、新たな猟犬の群れとして蘇らせることのはずだ。
本コラムでは、スペイン紙ASに「マジック・ダイヤモンド」と称されたQPR戦でのフォーメーションの、守備面について分析し、オランダ代表との共通点、そして考えられる対抗策について考察していこうと思う。
オランダ代表での成功が与える強い影響。「ボランチ封鎖」。
W杯でのオランダ代表は、特殊な守備スタイルを採用したという意味で革命的だった。「前に出ての激しいプレス」か、「リトリートしてのブロック作り」のどちらかを選ぶチームが多い中で、ファン・ハールはどちらでもない戦術を採用したのだ。相手ボランチの位置を中盤とFWで取り囲み、そこまで激しいプレッシャーをかける訳でもない。とはいえ、大抵相手がブロックを作っている場合は安全地帯である中盤では、全方位からボランチがプレッシャーを受けることになる。前から激しく来た場合には迂回するルートで組み立てることが出来ても、こういったスタイルに対応していくのは非常に難しいものだった。ボランチはボールを触れないほどにタイトに潰される訳ではないものの、選手達は密集地にわざわざボールを入れていくことを好まない。
守備が非常に特殊なスタイルであることを説明するには、試合の画像を見てもらうことが手っ取り早い方法だろう。
スペイン対オランダ、1分。開始早々、ボランチの位置でプレーする選手を執拗に取り囲んでいる。
スペイン対オランダ、16分。ボールが出るであろう1枚にタイトにマークがついており、3人がボールホルダーを取り囲んでいる。
オランダ対アルゼンチン、3分。ボランチ2枚に対して5枚が取り囲もうとしている。
オランダ対アルゼンチン 8分。サイドにボールがある際には、ボールサイドのボランチへのプレッシャーが激しくなっている。
ここからはマンチェスター・ユナイテッド。QPR戦9分。ボランチのところが厳しく抑えられていたので、相手の思惑通りファーディナンドが工夫無く蹴飛ばしてしまった場面だ。
QPR戦19分。オランダとのマイナーな違いとして、2トップが両翼に開いて守備をする意識でプレーしていることがある。これについては、様々な解釈が可能だろう。次回も同じであれば、課題としておきたい。
ブラジルW杯でのオランダ代表から4枚、マンチェスター・ユナイテッド対QPRから2枚、別々の場面を抜き出してみた。前線は5枚か6枚が残り、相手ボランチを全方位から取り囲む。これは同時に、カウンターでの枚数を補填することにも繋がる。ボランチを経由することを徹底して防ぐことで相手の攻撃を単純化し、5バック状態のバックラインで跳ね返す。勿論ボランチの位置が潰されれば使いたいのは「中盤とDFラインの間」か「DFラインの裏」になるので、そこを5バック(オランダ代表)or4バック+ブリント(マンチェスター・ユナイテッド)の人海戦術で潰してしまう訳だ。
そういった意味で、根本的な守備戦術はオランダ代表で使用したものを採用していると考えて良いだろう。ただ、そのまま前からのプレスに移行することも多かったように、オランダ代表の時以上に守備自体はタイトになっている。