マンチェスター・ユナイテッドからのホームでの逆転劇は、レスター・シティにとって歴史的な勝利となったに違いない。青く染まるスタジアムで試合を観戦したファン達は、将来息子や孫に対して誇らしい気持ちで思い出を語るのだろう。
レスター・シティは、厳しい日程とレベルの高さで知られるチャンピオンシップを首位で突破してきたチームだ。首位での突破という結果に裏打ちされた実力を証明するように、スタートダッシュに他の昇格組が苦しむ中、フィジカルの強さと組織的な守備を生かしたスタイルで序盤戦となるプレミアリーグで健闘中。攻撃面もエースとなるオジョアがボックス内でのポジショニングの良さを生かして好調で、得点パターンもある程度確立されている点が強みだ。形に拘らず、チャンピオンシップのチームらしい「タフな」試合運びを得意とする。
とはいえ、同じ昇格組であるQPRを「個人能力の差を全面に押し出すように」4-0で粉砕した新たなるマンチェスター・ユナイテッドを相手にして、彼らのジャイアント・キリングを予想した人間は少ないはずだ。健闘したとしても局地戦のクオリティの差で抉じ開けられ、圧力で押し切られる。強豪と昇格組という試合は、得てして前述したような展開になる傾向がある。特に格上が3点を奪われてから、試合をひっくり返されるというのは中々起こることではない。
しかし、実際にそれは起きた。The Foxesの愛称でも知られるレスター・シティは、正体不明の狐火のように原因が解らないまま、マンチェスター・ユナイテッド相手に5点を奪ったのだろうか? 偶然が根底にあることがフットボールの美しさであり、面白さなのだとも思うが、そこには何かしらの原因があることも多い。勿論、そこについても前回の「 守備編」で触れたポイントを発展させながら考察していこう。
今回は前回のコラムである「守備編」に続き、敗れたものの攻撃陣が3得点を奪ったマンチェスター・ユナイテッドの新スタイル「マジック・ダイヤモンド」の攻撃について説明していく。
また、「レスターがどのような工夫でマンチェスター・ユナイテッドの守備を攻略していったのか」、「マンチェスター・ユナイテッドに出来ることは無かったのか」といった部分にも触れていきたいと思う。
■マジック・ダイヤモンド、ディ・マリアが生む柔軟性。
マジック・ダイヤモンドの攻撃面は質的には、指揮官アラゴネスが率いたスペイン代表がユーロ2008で披露したスタイルに近い。ユーロ2008を観戦されたことのない若いサッカーファンには、スペイン代表のフットボールを見るという観点から、是非お勧めしたい大会でもある。
当時、1・5列目での流動というのが当たり前のものになっていく中で、ルイス・アラゴネスはスペイン代表に「パスの出し手」となる選手を固定しない戦術を仕込んだ。「イニエスタ、シャビ、マルコス・セナ、シルバ」というメンバーを中盤に使うことが多かったスペインは、守備力のあるマルコス・セナをボランチの位置に固定。しかし、彼のサポートをする選手を固定しなかったのである。シャビ、イニエスタ、時にはシルバがボランチの位置にまで下がってくることで相手を惑わし、下がってこない選手が積極的にスペースに飛び出す。イニエスタという、受け手としても出し手としても完璧に順応出来るモダンなスタイルのプレイヤーが存在していることが大きかったのだろう。相手は繰り返される流動を捕まえることが出来ず、そのままトーレスやビジャといった一線級のFWによって上手く空けられてしまったスペースに入り込むアタッカーに蹂躙されてしまう試合も少なくなかった。
中盤の選手にスペースに飛び出す意識を持たせているという意味では、動画3分5秒からのシャビのゴールなどが印象的だ。バルセロナでは低い位置でボールを捌くことが多いシャビが、アラゴネスの下では流動に合わせて飛び出していくアタッカーとしても輝いた。
ある意味ではファン・ハールの攻撃戦術は、思想的にはアラゴネスのものに近いものがあると言えるだろう。勿論少ないタッチでボールを繋ぎながらスペースに飛び出す意識を持ったスペイン代表と、個の能力を生かしながら相手のバイタルエリアを攻略することを優先している感のあるマンチェスター・ユナイテッドには細かな差があるものの、守備面に優れたブリントの相方を固定せず、時にはディ・マリア、時にはエレーラ、時にはマタやルーニーが中盤の底に下がって柔軟にブリントをサポートする面で共通点も多い。これは、どちらかというと中盤の底と言うよりも高い位置でプレーすることで輝くアンデル・エレーラの特性を生かしていく上で都合が良く、下がってボールを触って行くことが好きなフアン・マタとも見事にマッチしていた。特にエレーラは、QPR戦ではアタッキングエリアでのプレーが増え、水を得た魚のようにプレーしていた。今までは中盤の底でボールを捌くことが多かったが、本来は機動力を生かして攻撃にも参加することで能力を発揮する選手なのだろう。
そして、ジグソーパズルを完成させる最後のピースとなったのが勿論アンヘル・ディ・マリアだ。「白い巨人」レアル・マドリードで稀代の戦術家カルロ・アンチェロッティの下、セントラルハーフとしてのポジションでのプレーもこなせるようになったアルゼンチン人MFは、スペイン代表でイニエスタが任された仕事をこなすだけのクオリティを兼ね備えていたのだ。フォーメーション図で見れば左のセントラルハーフとなっているが、ディ・マリアの役割は多岐に渡る。時にはボランチ、時には左サイドアタッカー、時にはトップ下としてプレーをこなす彼が、圧倒的に柔軟なマジック・ダイヤモンドを支えているのだ。
例えばQPR戦の前半1分、ここではディ・マリアはワイドに開いてプレーしている(一番奥にいるのがディ・マリア)。彼が空けたスペースに入り込んだマタがボールを持っていることからも、縦の入れ替わりが行われていることが解るはずだ。
QPR戦14分。ブリントと同じ高さでプレーすることで、逆のセントラルハーフになっているエレーラを押し上げることを助けている。このプレーの前には、エレーラが相手の裏に走り込むプレーが見られた。
あくまで仮定だが、組織の中でアンデル・エレーラとフアン・マタの能力を生かし切るためにディ・マリアの獲得に踏み切った、という考えも出来なくはない。アタッカーとして、もしくはセントラルハーフとして獲得したのであれば5970万£という移籍金は高過ぎる。しかし、両方の役割をトップレベルでこなすクオリティと体力を兼ね備えた選手となると、世界を探しても簡単に見つかるものではない。指揮官ファン・ハールにとって、大金を積んででも手に入れたかった最後の鍵だという見方も出来るのかもしれない。
この戦術の肝となるのはディ・マリアの幅広いプレーに支えられた柔軟性だ。例えば、レスター・シティ戦では3センターと前線の献身的な戻りによって中央を厳しく封じられたことから、ディ・マリアは長い時間を左サイドに開いて過ごすことで、相手の人数が少なく、弱い部分から崩していく意識を見せた。イニエスタの判断によって崩しに変化をつけるスペイン代表のように、マンチェスター・ユナイテッドはディ・マリアの判断で攻撃を変化させ、前線の能力を上手く生かしていこうとしている。