ちなみに、そんな中村のPKの中でおそらく最も有名なのはこれだろう。
中国の重慶で行われた2004年のアジアカップ準々決勝、日本対ヨルダン戦。
この試合は1-1で120分を終えPK戦に突入したのだが、日本の1人目として登場した中村はこれを大きくフカし失敗してしまった。
この試合では後に宮本恒靖が主審に抗議しサイドは変更になり、日本が劇的な勝利を収めたのだが、2004年当時中村は4歩ほど助走を取ったモーションでPKを蹴っていたようだ。やはり変更は最近のことなのかも?
なお中村がセルティックに在籍している時にはヤン・フェネホール・オフ・ヘッセリンクやヨルギオス・サマラスらがPKを蹴っており、中村はそこまでPKを蹴っていない。