監督交代!絶望的な状況からクラブを救った若き救世主

今シーズンのホッフェンハイムは降格を確実視されていた。なぜなら、シーズン前半終了時点では2勝7分8敗で最下位と絶望的な成績であったからだ。データで見ても、セットプレーからの得点がわずか2得点(FK無得点、CK2得点)という散々なものだった。さらに、シュトゥットガルトを残留に導いたフーブ・ステフェンス監督が心臓の不整脈により辞任。不幸が重なった同クラブの次期監督は、来季から監督就任予定であったユリアン・ナーゲルスマンを前倒しで起用した。こうして、2016年2月11日、28歳の若き青年はクラブの命運を託された。

就任してから初戦であるブレーメン戦後の記者会見コメントで、こう答えた。

ユリアン・ナーゲルスマン

「(最年少監督)僕はそういったものにはあまり興味がないんです。一番重要なのはクラブが残留することです。5月にはWikipediaが更新されることを期待しています。“僕がホッフェンハイムの降格を食い止めた”と。」

ナーゲルスマンはスポーツ史上3番目の最年少プロ監督(デイヴ・ディバッシャー[24歳1ヶ月:NBA<バスケットボール>デトロイト・ピストンズ]、ゲイリー・グリーン[26歳2ヶ月:NHL<アイスホッケー>ワシントン・キャピタルス]。ユリアンは28歳6ヶ月であるためサッカー史上最年少。)であり、経験のない若武者に同クラブの残留は不可能なミッションだと思われていた。だが、蓋を開けてみれば7勝2分5敗の成績で残留を勝ち取った。

シーズン終了後にナーゲルスマンはこう語った。

「僕らは今抱いている多くの問題を分析しました。チームは僕の指揮下でよく戦ってくれました。2試合を残して残留を決めましたからね!

僕らは勝ち点40を目論んで、クリスマスの後に27ポイントを勝ち取りたいと考えていました。僕たちは多くの試合に勝ちましたが、かなり厳しい道のりでした」

この奇跡にはユリアンの才能以外に、理由が幾つかある。1つは熟練のアシスタントコーチがいたことである。前監督のステフェンスの右腕として、シュツットガルトの残留に貢献したアルミン・ロイタースハーン。2014-2015シーズンにトゥエンテの監督だったアルフレッド・シュロイダーの2名がアシスタントコーチとしてユリアンを補佐したのだ。熟練指導者の経験と若き天才の才能が融合して、ホッフェンハイムの快進撃に繋がった。

加えて、2つ目の理由はアウクスブルク時代の恩師トーマス・トゥヘルの存在だ。ナーゲルスマンはアウクスブルクのリザーブでプレーしていたが、20歳の時にケガのため引退した。トゥヘルは若きユリアンをスカウトに引き上げたため、指導を直に見るチャンスを得た。

その結果、ホッフェンハイムは相手チームによってフォーメーションを変更する柔軟な戦い方(就任初戦のブレーメン戦は3-4-1-2、残留を決めたインゴルシュタット戦は4-2-3-1、最終節のシャルケ戦は3-4-3と実に多彩)で残留レースを勝ち抜いたのだ。

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