ワールドカップアジア予選で北朝鮮との2連戦を戦うはずだった日本代表。
21日に国立競技場で行われた試合に1-0で勝利したが、26日に平壌で行われるはずだった一戦は急遽中止となった。
日本が前回平壌で試合を行ったのは2011年でその試合には0-1で敗れている。当時の代表メンバーだった吉田麻也は、Tokyo FMの『吉田麻也の切り替えて行こう!』でこんな話を明かしていた。
「入国でも4時間くらい立ちっぱで立たされましたし。空港からホテルまでの間はポリスエスコートみたいなのがついてたんですけど。街はね、メイン通りはすごい綺麗なんですよね。思ってたよりも全然綺麗だなと。至る所に色んな人の肖像画があって、どでかい肖像画がいっぱいありましたね。
それもすごいなと思ったんですけど。一回バスが道を間違えた時があって、その時にちょっと路地に入った時に表通りとは全く違うスラム化したような道があって。それを見た時にたぶんお客さんとかが来た時はメイン通りを通るだけなんだろうなみたいな。たぶん、それ以外のところは全く舗装も整備もされてないんだなあっていうのはすごい印象的に残ってますね。
ホテルも勝手に散歩に行けないし、ご飯も日本から持っていこうとしていた食材は持ち込むことができなかったですし。なるべく日本で調整して、ギリギリに北朝鮮に入るという目論見で前回は行ったんですけど。本当に最低限のものだけを食べましたね。米も日本の米とは違うもので。とりあえず、ギリギリの戦いをしたっていうのを覚えてますね。
エレベーターも他の階に行かないように女性の方がエレベーターガールのような方がついてくれて、おそらくその人達は日本語がちょっと分かるというのであまり変なことは言わないほうがいいということだった気がしますね」
海外でのプレー経験が豊富な吉田にとっても、間違いなく印象に残る国だったそう。
なんでも電子機器が持ち込み不可でやることがなく、内田篤人とジャンケンからのデコピンで遊んでいたそうで、ガチすぎて吉田の額から流血する事態にもなったとか…。